PSYCHO-PASS2

□浸水
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ぼーっ、と。
隣の彼を見ていた。

報告書もあがったし、平和なせいで特にすることもない。
暇だった。



「……」



真剣な顔でディスプレイを見詰める、くりくりの赤い髪に隠れた目。

いつもはおどおどしてきょろきょろして、声をかけても上擦った返事をする彼をひたすら見る。


……他に面白いものがない。


彼を見るのは面白い。
何故なら、



「雛河くんって」
「ぇ、あ、はい……?」
「……雛河くんってさ、」



……似通った類の匂いがするからだ。

数年前の彼と。


同じではない、けど。
多分、同じことをすれば、こうなってくれるだろうな、という想像。

……つい声をかけてしまったことに気付く。



「名無しさん。呼んでるぞ」
「あ、はい」



宜野座さんの呼びかけに席を立つ。

霜月監視官がお呼びだそうだ。



「ごめん、何でもない」
「……?」
「うっ……」



上目遣いで私を見る彼に、再度開きかけた口を閉じた。

……危ない。

可愛い。
押し倒してキスして抱き締めてでろでろに溶かして泣かせたくなるくらいに堪らなく可愛い。


駄目だって。


だってもし女性経験ある?なんて聞いたら間違いなくセクハラだし、彼は二度と私に心を開かないだろう。

誰かさんと違って。



……一瞬。

ひやっとしたものを空気に感じて、目線と首だけで振り返る。


気のせい?











お邪魔しますと声をかける前に電気が消えて、ひょいと抱え込まれた。

腕の感触は間違いなく宜野座さんで、この部屋は彼のものな筈。

……あれ?



「はぃぇ?」



等と素っ頓狂な声と疑問符を浮かべ、ろくな抵抗もできないまま。

ぽいと投げられて身体がベッドに沈んだ。

手首を掴まれたかと思うと、かりりり、と金属の音がした。

冷たい感触。



「……あ、え?あの……」



馴染み深くはないが聞いたことのあるその音。

仰向けのままそれを見ようとして腕を持ち上げる。



「わ、わ、ちょっ」



ベッドに乗り上げた宜野座さんが私に覆い被さって、その繋ぎ目の鎖を掴み上げた。

頭上に持ち上げ、支柱に通すように引っ掛けてもう片方の手首にそれをはめる。


……見上げた顔は、普段と変わらなかった。



「ぎのさん、あの……何か怒ってます、?」
「いや?」
「これ何……っ」



何、なんて聞くまでもない。



「懐かしいだろ?」



数年前、私が彼に使った。

おもちゃと本物の間のような金属の輪っか。



「どこから引っ張り出して来ーー」



脇のテーブルに掛けてあったらしい黒い布が視界を覆う。

ぐるりと頭を一周して、締め付けられる感覚。



「っ、ぁう」



確かに以前手錠ははめたけど、目隠しはしてない……!



「痛いか」
「っぁ、……や、痛くは……」



さっきよりもずっと近く、耳元で聞こえる声。

それだけで背筋がぞわっとした。


……考えよう。

何があった?
何をした?

そういう気分?
……いや、ならここまで乱暴にしなくても。



「ん、んんぅ」



頭で考え、耳と手足で今の状況を探っていると、突然口を塞がれた。

私よりずっと薄い宜野座さんの唇が触れる。

瞬間、思考が置いてけぼりになった。



「ぁ、ーー」



背筋から後頭部に甘ったるい痺れがずん、と走る。

口の中を柔らかくて薄い舌に引っ掻き回されて、目を閉じた。

布に覆われて、閉じても開けても変わらない筈の視界がぼやける。



「……ぷぁ、ぎのさ」



掠れて上擦った声で呼んでも、何も返ってこない。

代わりに、服の襟を掴まれた。

形式的に着てるだけの薄いスーツの前が肌蹴ると、シャツのボタン一つ一つに指がかかる。

もう片方の手が私の頭に触れた。

優しい手が髪を撫でて、撫でるように頬に下がってくる。

すると、摘まれた。

むに、と。
頬を。

そのまま軽く揺すられる。

じわりと痛い。



「うぅ」



身動ぎすると、頭上の鎖が音を立てた。



「ぎのさん、私、あの、……何かした、っけ」



言葉が途切れ途切れになる。

疑問と柔らかい痛みと、あと、期待のような擽ったさ。

……期待?



「名無しさん」
「っ、ひ」



低い声と吐息に肩がはねる。



「何かしたか?」
「……何って、何も……悪い、こと……」



はっ、と気付く。

自分の中でしたやましいことリストを遡っていると、ひとつ彼に引っ掛かりそうなものがあった。



「ち、違う。あれはただのコミュニケーション的な、あの」
「……俺は何も言ってないぞ?」
「あぅ」



墓穴。



「それとも誰かに、何か、したのか?」



一言一言止めて、低く、私の耳に囁く。

さぁぁ、と血の気が引いて、さっきと別の種類の震えが背筋にのぼってきた。



「してない……嘘じゃない」



確かに今日雛河くんにあんなことこんなことしてみたいとは思ったけど、してない。

間違いなく本当だ。


……誰だって誰々に何々してみたいなんて思ったことあるはず。あるでしょ。

膝枕されたいとか!
添い寝してほしいとか!
頭撫でられたいとか!



「……ハァ」



ボタンが全て外されて、外気に肌が触れる。

溜息をついた宜野座さんが私の頬から手を離した。



「ああ。知ってる」



ぷち、と音がして、窮屈な下着が左右に分かれて落ちる。

胸の中心のホックを外された。



「じゃ、じゃあ何でこんな、っあ」



びく、と自分の身体が震えて、それ以上は話せなかった。
さっき引いた血の気が一気に脳にのぼってくるような感覚。

首に噛み付かれ、ぎゅううっと力強く抱き締められる。
素肌に感じる宜野座さんの服。

柔らかく首筋に食い込む歯が優しくて、物足りなさに手が動いた。
案の定引けず、金属に阻まれる。



「ぎのさん、苦しい」
「……すまない」



ぱっ、と離してくれる。



「……外してくれたりは、しないですかね……」
「態度次第だな」
「なにそれ……」



ふむ、と宜野座さんが鼻を鳴らす。


ああ、仕返される……。



ただ一つ違うのは、私の脳みそがもうできあがっていることだった。









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