PSYCHO-PASS2

□肯定
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会話のないデスクワーク。

各々がモニターに向かいキーボードを叩いていた。



「あっ!」



その沈黙を名無しさんが破る。
大きな声を出した自分に驚いたという風にびくりと肩を震わせ、手で口を覆って怯えた。



「あ、な、ななな何でもないですっ!」



ごめんなさいごめんなさいと小さく呟きながら左右へそれぞれ頭を下げる。


暫くして、監視官席の霜月が怪訝な声を上げた。

名無しさんが硬直する。
まずい、という顔をしたまま口元を震わせていた。
焦った風にキーボードを叩いていたが、



「名無しさん執行官」
「ひっ!」
「来なさい」
「……はい……」



冷たい声で呼ばれ、肩を落としながら霜月の元へ歩いていった。

ああ……と周りが状況を察したようにちらりとそちらを見る。


直後、立たされたままの名無しさんを睨みつけるように見上げた霜月の口から嫌味を含んだ説教が垂れ流された。
それは執行官の失敗を徹底的に責め立て、能力や人格を徹頭徹尾否定するものに他ならない。


どうやら名無しさんが提出用の共有フォルダに入ったデータを消してしまったらしい。
焦って戻そうとして、オフラインの元データまでどこかへ消し飛んだ。
提出しましたというメッセージを送った直後だったらしく、不幸にも挽回前に気付かれてしまった。

名無しさんはただただ頷き、はい、はい、と湿った声で応答していた。



「……うぅ」



ふらふらと机に戻った名無しさんは鼻をすすり、キーボード端末を弱々しく叩き始める。
しかし視界は涙で滲み、全く指は動かない。

……最悪な空気が部屋中に充満していた。



「あーもう、うるさい!泣く時間あったら作り直すなり復旧するなり手動かせば!?」
「ごめんなさい……」



ぶつぶつと怒りを1人でも発散させ始める霜月に向かってまた頭を下げると、か細く溜息をついた。



「どれ?」
「ひっ!……あの、ごみ箱まで消しちゃっ……」
「ああ、なるほど。ちょっと貸して?」
「ご、ごめんなさい……」



脇から六合塚が顔を出し、優しい声をかける。

怯えたままの名無しさんは目を泳がせながら、伸び切った姿勢を崩さない。
膝の上で落ち着きなく指を動かしていた。



「ほら、戻った」
「えっ……あ、すごい……」



六合塚ががエンターキーを押すと、先程名無しさんが削除してしまったファイルが復旧されている。
驚きで目をまん丸にした彼女は希望で口元を綻ばせたが、すぐにまた暗い顔に戻ってしまった。



「ごめんなさい、あの、私」



自分の不甲斐なさへの嫌悪が表情に滲んでいる。



「大丈夫よ。名無しさんさんは頑張ってる。気を落とさないで」
「……ありがとうございます」
「泣かないの。ほら」
「はい……」



霜月に聞こえないようにこそこそと囁く。
何事もなかったかのように席へ戻っていく六合塚の背中を見て、名無しさんはまた苦しそうな顔をした。


横目でその様子を見ていた雛河が呟く。




「違う……」



落ち込む名無しさんの横顔を一瞥すると、親指の爪に歯を立てた。
かり、と乾いた音。



「雛河。何か言った?」
「っ!……あ、いや、……な、何もっ!何も!」



が、首を傾げた六合塚に向かって直ぐにぶんぶんと手を振って否定した。

















薄暗い部屋。



「私、また失敗しちゃった」
「うん」
「足手纏いだよね」
「うん」
「……えへへ」



嬉しそうに名無しさんが笑う。



「雛河くんだけはそんなことないって言わないから好き」



髪を撫でる彼の手に頭を押し付けて、気持ちよさそうに目を細める。

身体を起こすと、ソファに腰掛ける雛河の膝の上へ向かい合わせに座った。
肉付きのいい彼女の太腿に腰を挟まれる。

名無しさんがほんの少し見下ろして視線を交わす。
軽く開いた唇から期待するような吐息が漏れた。















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