槙島さんと映画鑑賞

□ハロウィン
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映画「パーフェクトワールド」のネタバレがあります。ご注意を。









「トリックオアトリート」



いつもの真っ白な服装にひとつ。同じ色の笑った顔が増えていた。

槙島はそんな彼女を見て目を細める。



「来ると思ったよ。君の好きな店のケーキがある」
「えー、つまんないの」



名無しさんは被っていたキャスパーの仮面を上にずらし、槙島の隣に腰掛けた。

少女と女性の中間点を擽ったような年齢、しかし表情はずっと幼く、鈴の音の様な透った声色に大人びた口調は少々ちぐはぐに聞こ
える。
彼女は幼い頃から更正施設で暮らし、公安局の執行官になってすぐに槙島に拐われた。



「ねぇ、どうして予想できたの?私、そんな旧時代の宗教行事なんて知らなかったのに」
「先週、かな。パーフェクト・ワールドを見たんじゃないかと思ってね」
「……見たわ。いい映画だった」



育ちゆえに外界を知らない彼女の知識は本や映画で構成されている。
短い執行官時代にはよく世間ずれしていると笑われた。

パーフェクトワールド。古い映画のひとつで、ハロウィン映画としては有名である。
名無しさんはそれを数日前にダウンロードして閲覧していたらしい。



「でも終わり方は嫌い。あんなのブッチが報われないわ。……聖護は見たことある?」
「勿論。確かに彼にとっては最悪のバッドエンドだろうね。でもフィリップやその母親にとってはハッピーエンドだ」
「ブッチは犯罪者だものね?でもあの家の人を殺そうとしたのは子供を虐待してたからよ」
「フィリップは幼い。理解できないさ。ただ目の前の殺人が怖かったんだろう」
「発砲する方がよっぽど怖いと思うけど。スタンドバイミーのゴーディみたいに咄嗟の勇気って出るものなのかしら」
「僕も驚いたよ。あれは彼の成長だ」
「そうね。もういいわ。……ねぇ、ケーキはどこ?私お腹が空いちゃっ、」



意見が一致しないからもういい、のではない。ただお腹が空いたからもういい、のである。
気まぐれな彼女はころころと意見が変わるし、行動も予測不可能だ。

そういつものように思いつきで言って立ち上がろうとした名無しさんの腰を槙島は抱き留めて引き寄せた。
きゃっと声を上げてソファに戻った彼女は、腹にまわった腕をくすぐったそうに叩く。しかし槙島がその白い首に甘く嚙み付き歯を
立てると大人しくなった。



「……あれがハッピーエンドって言ったわよね、聖護」
「ああ」
「私が貴方を撃てば幸せなのかしら?私も犯罪者に誘拐されたところは似てる」
「……」



体重を槙島に預けたまま彼を振り返る。
黒目がちの丸い目がゆっくり一度、瞬いた。


槙島は考え込むように睫毛を伏せ、それから笑う。
そのいつもの余裕めいた笑みに名無しさんは僅かに眉を寄せ、近付いてきた彼の顔を避けようとして捕まった。

覗き込む槙島と、見返る名無しさん。
首が痛いと絡む舌を押し返して訴えても効かなかった。
仕方なくそれに応じるように身体を反転させ、槙島の顔に手を添える。
彼の脚を跨ぎ、ぐっと腰に乗ってしまう。

名無しさんは彼女の嫌いな渋いままの紅茶の味がする舌をぢゅぅうっと吸うと、彼は口元だけで笑った。


熱い息と共に唇が離れ、しかし顔は寄せたままで槙島は言う。



「……君は僕を求めはしても、怖がることはないだろう?可愛いお化けさん」
「あのシーンの台詞ね?……ええ、それはそう思うわ。貴方が法を犯すのは必要な時だけだもの」
「それに、残念ながら君を保護できるのは僕だけだ」



名無しさんの犯罪係数はとっくの昔に規定値を超えている。
執行官という肩書きの無い今、彼女はただの潜在犯だ。

それに、例え攫われたという理由であろうと結果で言えば名無しさんは逃亡したのである。
野良犬を狩る猟犬としての役目を放棄して。


……それは彼女もわかっていた。
わかっていて、今を生きている。



「ねぇ聖護」
「ん?」
「私、撃たれるなら2発目も聖護がいい」



こつんと額をぶつけ、そう言って名無しさんは笑いながら目を閉じた。














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