槙島さんと映画鑑賞

□捨てないで
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映画「グッド・ウィル・ハンティング」のネタバレがあります。ご注意を。









「言えるなら言って。愛してないと。それを聞いたらあなたの人生から出て行くわ」



 突然名無しさんがそんなことを言い出して、槙島は少しばかり考えた。
 抱きついてくる身体を受け止めながら、柔らかい頬に触れる。



「愛してるよ、スカイラー」
「もう!」



 期待はずれの答えに名無しさんは膨れ、ふいと顔を逸らした。腕の中からすり抜け、背中まで向けてしまう。
 笑いを漏らしながら槙島は彼女を再度抱き寄せた。後ろから肩に顎を乗せるように顔を寄せると、くすぐったそうに名無しさんが身を捩る。



「カリフォルニアにでも行くのかい?」
「行かない。わかってるなら乗ってちょうだい。泣き真似しようと思ったのに」
「それはすまなかった。僕は君を残して出て行けばよかったかな」



 わざとらしい不機嫌な顔でじとりと槙島を見て、それから笑った。それから身体を反転させて向き合うと、彼の腕を掴んで一緒に横へと倒れ込む。ベッドに逆戻りしたが、元より今日も外出の予定はない。



「ねぇ聖護」
「ん?」
「私ね、最初観たときからウィルとあなたが重なったの」
「僕と?」



 真っ黒な眼が槙島を見つめる。
 自分が感じたままに発する名無しさんの言葉は興味深い。そこには悪意も他意もないからだ。



「全く同じ。捨てられるのが怖いから先に捨てちゃうんだわ」
「……怖い、か」



 名無しさんは彼の機嫌をとりたがることはなく、気に障ることも恐れない。だからこそ槙島は彼女に魅力を感じていた。
 そして、思っている。孤独な名無しさんを理解できるのは自分だけだし、彼女もそうであると。それは紛うことなき事実だ。

 しかし、いつか。お互いに不都合な何かが現れたら?

 いつか槙島自身が名無しさんに、



「それはもういいんだけど、スカイラーって可愛い?」
「──」



 ……。

 槙島は考え出していたそれを放棄した。
 悩んだって、考え込んだって無駄だわ、と。そう名無しさんに言われた気がした。

 そして知らずの内に笑っていた。



「性格がかい?それとも顔?」
「顔」
「…………さあ」
「あ、逃げた」
「好みにもよるだろう」
「私は好きじゃないわ。美人には見えないし、性格も強すぎる」
「ウィルにはお似合いだ。彼が素でいられる」



 日本と海外じゃ美人の感覚だって違うしね、と付け足す。確かに逃げだ、とは思ったが。

 名無しさんはふぅんと興味なさげに目を逸らしてから、ふと思い出したように言った。



「……男の人って微妙な顔の子の方がいいんでしょ?」
「どうしてそう思う?」
「プライドが高いもの。俺でもいけるって思わなきゃ近づきたがらないんだから」
「そんな男は願い下げだろう、君は」
「そうね。決まってイマイチ」



 お互い交わしてから、沈黙が降りた。



「……全部想像?」
「……全部想像」



 そして、吹き出した。

 外出すら殆どしたことのない名無しさんである。異性との出会いなんて以ての外、槙島以外ならグソンや泉宮寺くらいだろうか。しかし彼らは彼女にとって‘男の人’というにはしたたか年が離れている。


 はぁあ、と名無しさんが憂鬱そうな溜息をついた。枕に頬杖をつき、唇を尖らせる。



「私もガッコウで男の子と出会ってコイしたりしてみたかったわ」
「楽しそうに見える?」
「ええ。邦画のね、少女漫画の実写を観たの。嫉妬で狂っちゃいそう」
「へぇ」



 ああいうのは美化されてるけどねと槙島が言うと、彼女はちらっと彼を見てから悪戯っぽく笑った。良いことを思いついたときの笑みだ。

 寝転がったまま、少しばかり槙島を見上げて首を傾げる。



「……聖護、言ったらしてくれる?漫画みたいなこと」
「勿論。何なりと」












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