黒子のバスケ

□レプリカ
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「え、嘘、今から!?私ちょっと……ん、でも……いや、そういう訳じゃないんですけど…………んん、……はい。……わかりました」



電話で話してるのがどこの誰だかは知らないが、断れない用だというのは理解できた。
血の気の引いた顔から漂う必死さにはなにも言えず、ただただ慰めというか社交辞令を並べるしかできなかった。
彼氏はいないと言ってたし、男絡みではなさそうなのでよしとする。



「ごめんね、ほんとに1時間くらいだから……あ、クーラーは付けてていいし冷凍庫のアイス食べていいよ!いってきますっ」
「わかったわかった」
「順平くん、ほんと遠慮とかなしだよ。帰ってきてアイス減ってなかったら私怒るからね!」
「マジで?さんきゅう」



そこまで言われては仕方ない。暑さに負けそうな頃だったし、貰っておこう。
とまぁそんな感じで俺は腰を上げた。

台所はどこだろうか。
家の構造なんてどこも似ているはずだが、何分この家は古い。
純和風、畳や襖ばかりのザ・日本屋敷である。
迷いそうだ。

……ふと、言われたことを思い出す。
一番奥の襖は開けちゃだめだよ。松の絵が描いてある襖。
と、名無しさんにしては真面目な顔でそう言っていた。
その時はふーんと聞き流していたが、なんとまぁ。
目の前にその襖があるではないか。
しかも開いてるし。

え、マジで?


ひょい、と黒目がちでぱっちり開いた名無しさんの目が覗いた。



「……だれ」
「え、あ、お前さっき出ていっ……え!?」



無表情で、声のトーンが低い。
間違いなく名無しさんだったが、どこか別物だ。

さっき急いで出掛けていったはず、……ということは、別人なのだろうか。


そいつは首を傾げて言う。



「あぁ、おねえちゃんの彼氏?」
「お姉ちゃん!?あいつ妹いんの!?……あー、彼氏じゃねーけど」



おぇ、と自分で言いながら吐きそうになる。
再認識させられた感に胃がひくついた。

名無しさんは高嶺の花だ。
これはまぁ周知の事実。
高校からの知り合いでしかもただのクラスメイトである俺が家で勉強を教わるというシチュエーションに与れただけでも超幸運である。

いや、事実好きだけど。
だって可愛いし。
リコと違って家事はできるわ優しいわ割とドジでほっとけないわでもうなんか普通に惚れた。


名無しさんにそっくりのそいつはそれを聞いた途端にふっと笑みを浮かべて、襖を引く。
数センチ程度の隙間はすぐに拡がって、向こうが見えるくらいに開いた。



「じゃあおねえちゃんのこと好きなんだ」
「――」
「私、双子だよ。……入って。お話しよう?」



断る理由は、ない。











廊下を歩き、奥へ進む。
同じような畳の部屋に案内されて腰を下ろし、周りを見た。

……閉鎖感、とでもいうのだろうか。
何となく息苦しい。


机を挟んで向かいに座ったそいつは頬杖をついて首を傾げた。

改めて見ても名無しさんにそっくりだ。
可愛いっちゃ可愛いが、表情は無愛想である。



「この家どう思う?」
「え?あぁ、……すげぇ和風?」
「古くさいでしょ」
「歴史感じてテンション上がる」
「あはは、いい感じに言ってくれるんだね」



そいつは目を逸らして部屋を見渡す。

実に色々ある部屋だ。
ものが多い。

日本人形やら鞠やら子供の遊び道具から、古い紙質の本。
布団も敷きっぱなしだ。
でも、だらしない印象はない。部屋が広すぎるからだろうか。



「すっごく古いの。伝統とかしきたりとか、そういうのも残ってる」
「ふぅん。家訓とか?」
「そう。……例えば、『子は一人』とかね」



ん?



「――それって」
「わ、察しいいんだ。……そう。双子は禍を呼ぶんだって。先に生まれた方は後継ぎ。後の子は殺されるか――」



そいつは表情を変えないまま、唯一の出入り口である襖を見た。



「いざってときの影武者として軟禁される。保健所に届けも出してもらえないから、存在すら認知されない。……いない子なんだ、私」
「……だからこんな奥に」



そこで俺はやっと気付いた。

この部屋にはあれ以外の出入り口、……窓がない。
さっきから感じていた閉鎖感の正体はきっとアレだ。

窓がない部屋なんてあるのかとぼんやり考える。
なんとなく、全てが非日常じみていてあまり大げさに反応する暇がなかった。



「そうだ、おにいさんも言われたでしょ?奥には行くなって。おねえちゃんの言うこと破っちゃ駄目じゃない」
「悪い。暇だったんだよ」



こんな理由だとは思わなかった。

名無しさんに罪はない。
悪いのはシキタリ云々と五月蠅い大人達だろう。


目の前のそいつは心なしか楽しそうだ。
……楽しそう?



「おねえちゃんどっか行っちゃったの?」
「あぁ。一時間戻らないって」
「ふぅん?……じゃあ」
「?」



そいつはすっと立ち上がったかと思うと、近付いてきた。

座った俺と、見下ろすそいつ。

そいつは暫く見定めるように俺を見てから、しゃがみ込んで顔を近付けてきた。
驚いて身体を引く。が、よりいっそう寄ってこられたせいで身動きの取れない体制になってしまう。
これ以上引けば倒れるし、かといって前にもいけない。

……名無しさんの匂いがする。
家族なら当たり前、か。

あとほんの僅か近付けば触れそうな距離に顔がある。
名無しさんと同じ顔。



「楽しいことして暇潰す?」
「……ッ」



声。顔。匂い。
全て名無しさんとリンクして、心臓が高鳴る。

別人だとわかってるはずなのに。脳の誤認識だ。
なのに、なんで。



「な、……んだよ、楽しいって」
「わかってるくせに」



そう言うとそいつは手を伸ばして、俺の顔に触れた。

輪郭をなぞり、顎に指を添えてくる。
低い体温にさらさらした肌もきっと名無しさんと同じなんだろう。

近い。
吐息が触れる。



「いっつもおねえちゃんでなに想像してるの?」
「っハァ!?あ、ちょっ……!?」
「おにいさんの中のおねえちゃんはどんな風に君に触ってる?」
「やめ、ッ」



否定はしなかった。
んなこと言えるかダァホとも言えなかった。

そいつの手が顔から下りてきて、首を撫でた後に肩を掴んでくる。
胡座の前に膝立ちになって、そのまま身体まで寄せてきた。

力なく、そっと抱き締められる。
引き剥がせる筈なのに、動けない。いや動かない。

だって、もうこいつは――



「私、そっくりでしょ?顔も声も、仕草も」



名無しさんそのものだ。
惚れた女に抱き着かれて嫌な男がいるか。



「おねえちゃんになってあげるよ。おにいさん、おねえちゃんに何て呼ばれてる?」
「ざけんな。俺は……っ!」



拒否した。
でも、口だけだ。

全然嫌じゃない。寧ろ超嬉しい。
つーか何だよこれ。
何でこんなに似てんだよこいつ。

……耳元で囁かれる声にぞわりと心地よく背筋が粟立つ。


名無しさんはいつ戻るって言った?
1時間?
まだ10分も経ってない。
多めに言ったとしても時間は沢山ある。


ふぅ、と耳に息を吹き掛けられた。



「っ、……じ」
「じ?」
「……"順平くん"」
「ふふ、りょーかい」



顔を離して微笑んだそいつはもう、名無しさんだった。
楽しそうに笑う表情は可愛いとしか思いようがなく、俺の顔に血が上りそうだ。



「お前は、……名前」
「私は名無しさんだよ、順平くん」
「――ハ、ッ」



……気がつけば、俺は“名無しさん”の腰に腕をまわして引き寄せていた。

ずっと触れたかった身体が目の前にある。
もう、何も思わなかった。









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