黒子のバスケ

□夫婦
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新婚、ってどのくらいまでを言うんだろうか。
1年?2年?



「ただいま、名無しさん」
「――、お帰りなさい」



子供を寝かし付けてから鉄平の為の遅い夕食を作った後、ぼーっとしてたみたいだ。
帰宅した夫に気付かないなんて、可愛くない。

じーっと私を見つめる鉄平が、引き寄せようと伸ばしてくる腕を自然に避ける。
もちろん気付いてないのはふりで、ちゃんとしたいこともわかってる。

ここ数ヶ月、なんの気も起きないのだ。
セックスやキスはもちろん、抱き合ったりもしてない。
鉄平はその気があるんだろうけど、問題は私。

愛がなくなった、って訳じゃない。
でももう付き合いたてでも新婚でもないんだから、そろそろ落ち着いたって許される筈だ。

というか普通、子供が生まれたら落ち着くと思う。そりゃ2人3人欲しい家庭はそうでもないんだろうけど、私と鉄平は特に人数も話し合ったことはない。
というかむしろ鉄平の方が「名無しさんが俺のじゃなくなるのは嫌だ」……とかなんとか言ってたから、あんまり欲しい訳じゃないのかな、とも思う。
鉄平は子供が嫌いなこともないし、私も好きな部類に入るけど、見るのと育てるのは別だ。

……なのに。
子供を作るための行為のはずなのに、出産してからも構わず盛ってくるのはいかがなものか。
最初は嬉々として受け入れてたけど、疲れるし汗かくし。

何よりも、出産で変わった身体を見られるのは物凄く抵抗がある。
未だに高校時代、いやそれよりずっと成長して逞しい鉄平とは訳が違うのである。


上着を脱がせて、ハンガーに引っ掛けて。
晩飯何だーなんて訊いてくる夫を何気なくあしらいながらキッチンへ立つ。
冷めてしまったものを温めようとお皿を手にレンジの戸を開いた。







「はぁ……」



なんか、私、ほんとに可愛くない。
こんなのじゃ嫌われて、いつか浮気されるんだろうな。
……もうむしろしてもらった方が気が楽かもしれない。

鉄平のことは好きだけど、数年前みたいな熱い感情は消え失せている。
もう、彼とのキスがどんなだったかとか、どんな風にその後続くのかとか。全部忘れかけてて、うっすらとしか思い出せない。


お風呂上がり。
脱衣場で溜息をつきながら鏡を見た。

……老けてるって訳じゃない。特別太ったって訳でもない。
ただ、ちょっとだけ自信が持てなくなった。

こんなの、見せられる訳ないじゃないか。



「はぁ〜……」
「名無しさんー」
「わひゃぁあっ!?ッ、」



肩を落とした私の後ろから容赦なく鉄平がドアを開けて入ってきた。
叫んだ後に安眠の最中であろう子供を思い出して口元を覆う。



「ど、どうしたの……?」
「なぁ名無しさん」



すかさず鉄平の方を向いて、バスタオルを抱き締めるように身体の前を隠す。

真面目な顔の彼が近付いてきた。
一歩下がる。
でも鉄平は構わずにじりよってくる。

あっという間に壁に追い詰められ、私は彼に触れられている訳でもないのに背中をぴったり壁に押し付ける。
これ以上下がれない。

横からすり抜けようとした途端、鉄平が私の顔の真横に手を付いた。
ひ、と息を呑んでしまって動けなくなる。



「俺、もう無理だ」
「へ?……きゃぁ!?」



一瞬、別れ話かと思った。
でもそんな考えは、抱き着いてきた身体に払拭される。

裸なんてお構い無しにぎゅううっと。
壁と私の間に手を入れて、押し潰すみたいに自分の胸に抱き寄せた鉄平は暫く解放してくれなかった。
ぽふぽふ頭を撫でられたり首の辺りに頬を擦り付けられたり、お互いの間にある胸は抱き締められて潰される。

唖然としてされるがままになっていた私は、鉄平の手が前を隠していたタオルにかかった辺りまで彼を引き剥がせなかった。



「痛いぞ名無しさん」
「な、な……に、すっ」



騒ごうと開いた唇をむにっと鉄平の指で挟まれる。
上下どっちも纏められて、ちゅーみたいな口になってるに違いない。実に間抜けである。



「最近俺のこと避けてるだろ」
「む、むぐっ」
「名無しさんが構ってくれないせいで滅茶苦茶欲求不満なんだよ」
「んんッ!?」
「……変な顔してても可愛いな」



ついに突き付けられたことのああついに言われちゃった感よりも、その後のふたつのことの方が衝撃的すぎて上塗りされてしまった。

欲求不満って、普通本人に言っちゃうものなのかな。
ていうか私のせいでって何!?自分で処理すればいいじゃない!
変な顔って、させてるのはあんたでしょうが!

ふつふつと沸き上がるものも言わせて貰えないまま、鉄平が唇を挟んでいた指を外してそのまま私の顎をぐいっと持ち上げる。
抗議の言葉が吸い込まれて、久しぶりの感覚に目の奥がつんとした。

鉄平はちゅう、と私の唇に軽く吸い付いてから、何度も音を立てて離してはまた口づけてくる。
啄むみたいに甘く噛まれた辺りで顔を背けかけたけど、また強引に鉄平へ向かされて敵わなかった。
そして、ついに舌が割り込もうとしてくる。
私が必死に噛み合わせてる歯を抉じ開けるように顎を掴んで開かせようとしてくるのが、逆に反抗心を抱かせる。
開いてやるものかと力を込めていると、ふっと手を離した鉄平が今度は私の鼻を摘んだ。
そしてちゅぅう、と長いキス。



「ふっ……んん、んーっ!」



息が、できない。
元々呼吸だって控えてたのに、鼻も口も塞がれたらもう空気が入ってこない。
くらくらしてきた。

……あ、これ、もうだめ。
しんじゃうよ、わたし。



「んぁ、――っあぅ」



降参とばかりに口を開けた途端に鼻は解放された。
でも、すぐにぐちゅりと入ってきた舌にまた翻弄される。

熱くてぬるぬるで、ぐるっと私の歯をなぞってから舌を絡め取ってくる。
裏側を滑ってきたそれはぐちゅりと変な音を立てて、浮き出た血管をなぞる。
ぞく、と背筋が粟立った。
気持ち悪いって訳じゃなくて、ぞわぞわ……んん、わかんない。

べろべろと上顎を擦られた辺りでくすぐったさに負けた。
立てなくなって、鉄平に寄り掛かる。

そして。
ついにずるりとタオルが落ちてしまった。



「ぷは、っはぁ、はッ」



鉄平のワイシャツを掴んで、荒くなった息をやりすごす。
顔が熱い。

そんな私にお構い無しに腰を抱き寄せてくる彼に、私はもう無理矢理顔を押し返すしかなかった。
きょとんとした表情が返ってきて、かちんとくる。



「だめ」
「何でだ。夫婦だろ?」
「ほら、ええと……そう、子供が起きちゃったら困るし」



無理矢理絞り出した理由は我ながら正当なものだと思った。
なのに、こいつは。



「じゃあ外行くか!」
「へ?」
「車出しとくから服着てこい。……あぁ、あと」
「あと?」



朗らかな笑顔で鉄平は言う。



「会員カードって名無しさんが持ってたよな」



有無を言わせず、って感じだ。


着替えてから尚うだうだ嫌がっていると痺れを切らしてまた入ってきた鉄平に横抱きにされて車に連れ込まれてしまって、これ夫婦じゃなかったら犯罪だよ。ほんと。











無機質な空間は独特の空気があって、慣れた今ではなんとも思わないけど最初の頃は戸惑っていたのを思い出した。
そう、精算の方法すらわからなくて、2人であたふたして。懐かしい。



「よし、んじゃー早速ぁ痛ッ」
「しないってば」
「いいだろ?折角久しぶりの2人きりなんだから」
「……」



まぁそう言ったのは私だけど!

嫌だ。
だって鉄平は妊娠するまでの私と、妊娠中の私しか知らない。
出産してからの身体は本当に本当に色々と変わってしまって、見せたくない。

……そんなことを考えていると、鉄平が急にふっと笑って抱き締めてきた。



「名無しさん、俺のこと嫌いになったか?」



首を振る。

昔みたいに四六時中一緒にいたいと思うほどのお熱い好きではなくなったといっても、夫のことを嫌いになれるはずはない。
なんだかんだ言ったって、結局最後に落ち着くのは鉄平の所である。

……鉄平は首を振った私の後頭部をぽふぽふ叩いた。
もう片方の手は、しっかり背中を抱いている。



「よかった。愛してる」
「――」



ばかじゃないの。このひと。
私がこれだけ拒絶しても、前と変わらず言ってくれる。

背中に感じる大きい手が、私の服をまさぐった。



「変って、思わない?」
「ん?何を」
「……私、あの子生んで身体変わったよ」
「そうなのか?」
「そうなの」
「……もしかして避けてたのって」
「うん、そう」



耳元で鉄平が脱力したような溜め息をついた。



「俺ってそんな心狭い男だと思われてたのか……」
「え、ぁ、ご、ごめん……?」
「……そっかぁ……てことは……ん?……んー」
「あの、鉄平?」
「わかった」
「きゃっ!?」



急に後ろを向いてしゃがみ込んで頭を抱えて落ち込んでしまった彼はなんだかぶつぶつと1人ごちて、それからすくっと立ち上がる。
危ない、顎に頭突きされるところだった。



「わかったぞ名無しさん。俺、足りてなかったんだろ」
「な、なにが」
「もっと言うから」
「だから何が!」
「名無しさんのこと好きになったのはさ、そりゃまぁ見た目も可愛いと思ったのもあるけどそれだけじゃないんだぞ?」
「え、あ」
「どんだけ年食ったって名無しさんは名無しさんだし、俺だってこれから色々老けてく訳だろ?」
「……うん」
「んーだからつまり、だな。……愛してる、名無しさん」
「――、〜〜〜〜っ!?」



真顔でぶっ放されたその言葉に照れる間もなくひょいっと担がれて、ベッドに半ば放られるように寝かされた。

覆い被さってくる鉄平はその直後にでへっと頬を緩ませる。
いやもうちょっと保とうよ。
相変わらずキマらない男だなぁ。



「なにでれでれしてるの」
「いやーホント可愛いなぁって思ってつい、な」
「んぅ、っ」



ちゅうぅ、と唇を吸われて反論の言葉はかき消える。

でも。
鉄平はばかだけど変なところで真面目だからきっと嘘なんて言わないし、お世辞なんて言えるはずがない。
だから今のは、ほんとのほんとの本心で、その。

出産してからちょっと骨盤が広がったし、胸も形が変になった気もするし、肌だって10代の頃と比べればすごく劣化してるのに。
そんなこと気にしてるの、私だけだったのかな。



「ぷは、……鉄平、ごめんなさい」
「え?」
「私も鉄平のこと好き。あいしてる」
「……」
「だからねってわぁっ!?えぁ、ちょっと!」



唇が離れた瞬間に抱き着いて、恥ずかしいから顔を見ずに言った。
でもその直後にぎゅうぅっと抱き潰されて、早急に服を引っ剥がされる。

慣れた手つきでボタンやらホックやらを外されて、下着も指を引っかけて簡単に取り払ってしまう手際の良さには驚いた。
そしてあっという間に裸になった私をもう一度抱き締めてくる。

……その顔はびっくりするくらい嬉しそうで、照れたように赤かった。



「なぁ、やっぱり延長しよう。3時間じゃ足りない」
「だから子供が困るでしょ、ばか」










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