黒子のバスケ

□大丈夫
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「うー……」



いらいらする。
いらいらするいらいらする。

なんだかよくわからないけどいらいらする。

授業中、ひそひそくすくす喋って笑う女子共にいらついた。
放課後、掃除中にぺちゃくちゃ喋る男子共にいらついた。
目を合わせて挨拶したのに返事なしのじじい先生に舌打ちした。
すれ違いざまに避けるそぶりも見せないデブスを睨んでしまった。

日直のペアの子は早退するし委員会は昨日の日直のミスで知らなくてすっぽかして怒られるし掃除代わってとか言われるし先生にノート運び任命されるし提出物出さないばかはいるしチェック付ける名簿が切れてて職員室行ったら担任いなくて仕方なく戻ったらいるしうあああああああもううううううう何なのよ馬鹿にしてんのふざけんなこの野郎私だって好きで今日日直じゃないし委員だってほとんど強制だし提出物なんて当日出して当然でしょっつーか集めてやってるんだからありがとうぐらい言えよこのあほでばかでくずでブスのくせにあああああああああ――

あ、言葉が荒くなってる。
いけないいけない。

いろんなものにいらつくのだ。
今お箸が転んだらぶちぎれて折ってしまうに違いない。

そして、今。



「お、名無しさん元気か?背中丸まってるぞ!」
「……まぁまぁかな。木吉くんは元気だね」
「まぁな。これから部活だと思うと楽しみで仕方ないんだ」
「……楽しそうで羨ましいなぁ」



さっさと行けばいいのに話しかけてくれた木吉くんに猛烈にいらいらする。

成績はいいし運動もできるし、悩んでることあるのかな、この人。
天然だしあんまりそういうことなさそう。
ていうか男子だし月の厄介者も来ないしああ羨ましい。

きっと笑顔が引き攣ってたんだろう。
ちょっとばかり怪訝な顔をして、木吉くんが私を覗き込んだ。

193センチに目線を合わせられると物凄い違和感。
ええと、私と30センチくらい差があるのかな?
どうでもいいか。



「名無しさんも行くか?楽しいぞ」
「へ?」
「決まりだな!じゃー行こうぜ」
「え、あ、ちょっ待っ嘘でしょッ!?」



大きな手に手首を掴まれて、引っ張られた。
ずんずん歩く木吉くんの歩幅も私よりずっと大きいから、自然と小走りになってしまう。
それだけで運動部でもない女にとってはいい運動なのに、更に手を掴まれてるせいで生徒の視線が痛い。

……これじゃまるで手、繋いでるみたいだ。
付き合ってない、付き合ってないよ。

手、おっきいなぁ。
ていうかやっぱり身長高いし肩幅広いし。


……なんて考えていたら、いつの間にやら体育館に着いていた。
木吉くんはぱっと手を離して私を振り返る。



「おーし着いた。待ってろ」
「はぁ、っ……待って、私体操服持ってない……」
「ん?あぁ、じゃあ俺の貸すよ」
「へ!?いやそんな訳にはわぷっ!?」
「大丈夫大丈夫。まだ着てねーから!」



鞄を漁って取り出したらしいTシャツを投げられて、思い切り顔に被ってしまう。
抗議しようと取り去ると、もう木吉くんはいなかった。中に入ったらしい。

ていうかおっきいよこれも。
相当ぶかぶかだ。

あ、これ木吉くんの匂いかなぁ。
なんか、落ち着いた感じする匂い。
……いやいや、別に嗅ぎまくってははないですよ?


すると、体育館の方から怒声がした。



「はぁ!?何ぬかしてんだダァホ!お前試合前だって言っ――」
「すぐ戻る!」


「……」



あれ、日向くんの声だよね。
大方練習抜ける云々伝えてきたんだろう。

日向くんってあんな怒るんだ。
1年の時はもっとヤンキーっぽかったけどいつ更正したっけ?うーん覚えてないや。



「悪い、待たせた!」
「あ、えっと、……木吉くん部活抜けてきた?」
「おう。行くぞ名無しさん!」
「待って、どこ行くの!?」
「外!公園!」



走り出した木吉くんはやっぱり速くて、背中を見詰めながら溜息が漏れた。

筋肉痛決定だ、これ。









「……やっぱりおっきいんだけど」
「おー、似合ってるぞ」
「あんまり嬉しくないけどありがとう」



トイレから出てきた私を見た木吉くんはぱぁっと顔を輝かせて、それから破顔した。

イモいと思われるかもしれないが私はあまりスカートを短くするのを好まない。
バスケ部監督である相田さんなんかに比べたら中学生に間違われるかもしれない。
精々膝上で、更に体操服を下に着用するという‘きゃぴきゃぴ’な奴らに見られたら抱腹絶倒されそうな格好で毎日を過ごしている。
見た目はそんなに分からないと思うけど。

……ていうか、あれだ。
私はそんなに自分の容姿にコンプレックスがない。というか割と満足してる方である。
つまるところ、もし笑われてしまったらこう言おうと思う。
うるせーブス。

話が逸れたが私の格好は上が木吉くんの練習着(らしいTシャツ)、下が体操服であるとまとめておく。



「じゃあやるか!」
「え?やるって、ええと……バスケを?」
「おう」
「……私初心者なんだけど」
「大丈夫大丈夫、名無しさん運動できるだろ」
「まぁ、うん、苦手じゃないよ」



木吉くんはその大きな手で器用にボールを指先に乗せて回す。
あははーとか笑いながらやってるけどすごい。手元見てないし。



「わっ」



ぱしんと飛んできたそれを受けると、木吉くんがほら投げてみと構えてた。

……ほんと、バスケなんて授業以外でしたことない。
けど。



「帰宅部舐めないでね」
「おう!って名無しさん帰宅部だったのか!知らなかったぞ」
「……」
「楽しんでこーぜ!」











「つかれた……しぬ……」
「はは、やっぱ初心者にしてはすげー上手いなー」
「息上がってないし……はー」



自販機の前で蹲る。
ほい、と渡されたお茶のペットボトルを有り難く受け取って口を付けた。
奢ってくれたらしい。


それから、私を見下ろす木吉くんが何だか保護者みたいな笑顔で言った。



「元気出たか?」
「へ?」
「あーほら、さっきお前笑えてなかったから」
「……」



やっぱり引き攣っていたらしい。
そりゃあ今日はいらいらする日ですから、とは言えない。
たまたまいらいらしやすい日に不条理で不可抗力な理不尽が重なっただけなのだ。
木吉くんは何も悪くないのだから、私の自分勝手に巻き込むような八つ当たりはしたくない。

だから、苦笑いして俯いた。



「大変だったなー今日」
「……え、っと」
「ほら、日直とか委員会とかあと課題とかさ」
「見てたんだ」
「まぁな」



見られていたことへの羞恥じゃなく。
ぽつりと思ったことがそのまま出てしまう。



「……手伝ってくれればよかったのに」
「あ、そうか」
「はい?」



言っちゃったと後悔するより前に、木吉くんが本当に、心の底からぽかんとした表情で思いついたように手を叩いたのを見て唖然とした。
ええとつまり本当に手伝うという選択肢がなかったと?



「悪い。見るので精一杯でな」
「……ごめん、余計に意味がわからないんだけど」
「え?あー、そうか……んんん」
「木吉くん?」



この人は。
この木吉鉄平という人は。



「……見蕩れてた、ってやつか?」
「――へっ?」



ことごとく心の傷ついた隙間を擽ってくる。
だから上手く反応できないし、バランスを崩すのだ。



「いやほらお前今日前髪切ってたし」
「あ、うんまぁちょっと切ったけど」
「制服半袖に変わってたし」
「あ、うんまぁ衣替えだし」
「不機嫌そうですげー口尖ってたし」
「え、嘘そうなの私?」
「何か色々違うとこ探してた」



ひとつひとつ笑いながら言う彼に悪意は感じられない。
気を抜いたらコケてしまいそうだ。

確かに朝ちょっと気になって前髪にはさみを入れたり、暑かったから半袖に移行してみたり、いらつきすぎて不機嫌を隠せなかったけど。
ここまで見られてたとは。


っていうか。



「……それ見蕩れてたって言わないよね?」
「そうなのか?」



うーん、とまた考え込んでしまう木吉くん。
真面目なのかふざけてるのかわからない。

それただの人間観察じゃんという突っ込みを用意して口を開きかける、と。



「割と毎日見てるけどなぁ」
「…………ええと」



またコメントしづらい返事。
それはつまり人間観察が趣味ということだろうか。

それとも、私を観察してくれているということなのだろうか。

真顔で思い返すように斜め上を見ている彼の表情からは全くもって何も読めない。



「あ、そうだ名無しさん」
「はい……」



何だか疲れてきた。
もういいや、と思って立ち上がる。

くらりと軽い立ち眩み。



「俺と付き合ってくれ」
「――、」
「名無しさんのこと好きなんだ。多分ずっと前から」



そのまま倒れてしまうかと思った。


真面目な顔でそう言い放った木吉くんの目に冗談の文字はない。
私を見詰める目はずっと優しくて、真っ直ぐなまま。

……ああ、本当にこの人は。
本当に、訳が分からない。










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