黒子のバスケ

□いただきます
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身体改造表現ありますが全て創作です









 俺以外、チョキだった。



「げ、マジでー?」



 さして焦ってもないけど、めんどくせーなー程度には思う。こいつらもしかして組んでたんじゃねーかとか考えるくらいには余裕ありだ。

 チョキ野郎共は楽しそーにスマホを弄る。はやし立てる声は嬉しげで鬱陶しい。



「よしやれ原ぁ」
「やってやれー」
「ディープなディープ」
「おいムービー撮るぞ」



 俺達は最近、ある遊びにハマってる。



「勘弁してちょ〜……ったく」



 こそこそ後ろで隠れる数名を追い払うふりをして、がしがし頭をかいた。
 俺達は根暗部屋とか呼んでる図書室に入ってすぐ右の倉庫。そのドアを開ける。

 そこにはいつもと変わらず、ちょこんと一人細っこい背中が鎮座してた。



「やっほー名無しさんチャン」



 馬鹿にしたように名前を呼ぶ。
 実際、馬鹿にしてる。暗くて地味で無口で、その癖に顔はやたら綺麗な可愛い奴だからだ。

 男ってのは単純でアホで奥手だから、関わりたいと思った女子にもほとんど接触できない。向こうから話しかけてきたならラッキーだが、大体は見るだけとか周りの奴らに協力してもらってやっと、って具合だ。
 しかしまぁ、団体になると変わる。大抵人ってそんなモンだろーとは思うけど、群れると最強だ。単純に力もだけど、精神的にも。

 俺は流れ的に参加しただけで、まぁ暇つぶしかな〜とか思ってる程度の遊びだが。さっきじゃんけんした奴らはマジだ、と思う。名無しさんチャンと関わりたい、っての。

 最初はホントにちょっかい程度だったらしい。わざとぶつかったり(団体で)、足引っ掛けたり(団体で)。でもそんなアホみたいなからかいに彼女は表情ひとつ変えず、あいつらの「ゴメーン」も無視して、ほとんど視線も寄越さずに無視したそうだ。
 その辺で、男のくっだらねープライドが傷つけられた。

 ちょっかいはエスカレート。肩がぶつかる程度だったのは意図的に突き飛ばすようになったり(団体で)、体育終わりに制服隠したり(男子トイレに。団体で)、掃除の時に事故を装ってバケツの水ぶっかけたり(演技派。仕込みは団体で)。でもでもそういうのにも名無しさんチャンは何にも反応しなかった。友達いないから周りが騒ぐこともなく、暗いから教師が関わることもなく。

 段々と遊び感覚になってきて、次はあれやろうこれやろう。これは流石に痛そうだった、とか、あれやれば泣くんじゃね、みたいな話し合いしたりとかして。
 まぁ、そんな感じ。


 んで、今日のコレはほんと罰ゲームだ。
 あ〜ヤダヤダ。



「あのさぁ、お願いなんだけど」



 名無しさんチャンは大抵この倉庫でぼーっとしたり本読んだりしてる。ここって気づいたのは付きまとってた誰かだけど。友達もいねーし暇なんだろう。

 多分無視されんなー、どーすっかなー、とか考えながら、「お願い」を言うために言葉を考える。

 ……振り返った名無しさんチャンがこてんと首を傾げた。デカい目は猫みてーだ。気紛れっぽいし。



「お願いっつーか……何かぁ、」
「水かけたり服隠すのじゃ、物足りなくなった?」
「へっ?」



 力が抜けそうになった。

 あれ?
 今、名無しさんチャン、喋った?



「あ、うん、えっと」



 つい、どもりまくる。

 声、初めて聞いたかもしんない。すげー可愛い声。冷たいけど。
 目も俺も見てた。ずっと遠く見てたのに。
 扉の隙間から覗いてる奴らにはきっと聞こえてない。

 名無しさんチャンにもっと近付く。しゃがんで、見下ろす。
 ……クラスで馬鹿騒ぎしてるようなケバいクソ女よりよっぽど可愛い。ノーメイクだし髪も適当で、ちょーダサいけど。



「なに?」
「あー、その、キスしよ──んんっ!?」



 一瞬、意識が飛んだ。そんぐらいびっくりした。

 動画撮られてるのも把握してるらしい名無しさんチャンがうまいことブレザーに隠れた胸元のネクタイ引っ張って、俺のことを引き寄せた。んで、キス。むにって押し付けてきて、柔らかい。ダサいくせにいい匂いする。
 誰も名無しさんチャンからしてきたなんて思わない。



「ん、っ!?」



 え、マジで?とか思う前に舌が入ってきた。そこまでしてくれんのかよってびっくり。

 でもそれは意図が違うとすぐわかった。

 ……舌が、2本、ある。

 別々に動いて、片っぽにはこりこりした固い物がついてる。何だこれ。金属?
 え?マジで何コレ?

 あ、まさかこれ、……いやでもまさかこんな地味子の名無しさんチャンが──



「……は、えぁ、」



 ぼーっとしてたら離された。すぐ顔を逸らされて、もう俺を見ない。
 ぞくっと背中が寒くなって、脚が震えかけたのを隠すように何も言わないまま踵を返した。

 ドアの向こうの連中がにたにた俺を見る。



「いーの撮れたぜー」
「マジで?グループあげといて」
「俺も写メ撮った」
「よくねこれ?拡散希望な」



 俺はとりあえず図書室から出た。



「原ー?」



 固いのと、柔らかいのと、濡れてて、ぐねぐねした感触。

 香水じゃない匂い、ネクタイの指、倉庫の埃っぽい空気、猫みたいな目、染めてない髪、細っこい身体にやたら綺麗な脚、ミントガム、名無しさんチャンの舌、あれは──、



「おい原ぁ、何?変なモンうつされた?」
「──、」



 ……と。

 やべ、トリップしてた?



「別にー。何でもないよん」



 ひらひら手を振る。

 単純な男共は目の前の動画や写真ばっかり頭にあって、相手役の俺なんてどうでもいいらしい。すぐにぼーっとしてた俺への興味が逸れた。



「気持ち悪ぃから洗ってくるー」
「おー、お大事に〜」



 ポケットのスマホが震えまくってうざい。

 あれ、グループの通知切ってなかったっけ。













「よ」



 俺は何故かまた根暗部屋を訪れていた。

 声で気づいたらしい名無しさんチャンは振り返る。ちょっとだけ驚いた顔してた。レアだ。

 近くまで寄って、しゃがみ込む。俺より下の目はちゃんと俺を見てて、何か嫌だからこっちは逸らした。苦手だから。特にあんなくりっくりの目。
 そのデカい目より下。口元を見る。……当たり前だけど、外からじゃ何も見えない。



「もっかい見して、スプタン」
「……ばれた?」
「ん」



 ばれたってか、そっちが披露したんだけど。

 やっちゃった〜とばかりにぺろっと出した舌は、2つに分かれてた。

 ピアスあけてから穴を拡張して、最終的にド真ん中で舌を縦に切ってしまう身体改造。こんなのネットでしか見たことない。
 先っぽだけとかそんな可愛い間抜けなモンでもなかった。ずばっと、ばっさり、根本まで切れてる。それぞれ別々に動いて、2本あるみたいだ。
 まさかこんなとこで見るなんて、しかもこんなイジメられっ子がそれだなんて思わなかった。寡黙だったのはこれを隠す為だったのかもしれない。いや、知んないけどさ。 



「もしかして隠れヤンキー?何でそんな良い子ぶってんの?」
「別に。つるむのが面倒なだけ」
「舌ピって痛い?」
「……興味ある?」



 ないことないけど痛いのはヤだよんと答えると、名無しさんチャンは興味なさそうにふぅんと言った。
 その顎に指を引っかけて軽く持ち上げると、やる気なさそうな視線が突き刺さる。



「何人知ってんの?それ」
「質問ばっかり」
「え、ゴメン」
「君だけ」



 ぞわぞわと背筋を駆ける悪寒が気持ちいい。

 よくわからない。

 地味女が蛇舌だってギャップか。
 抜け駆けしてる背徳感か。
 ほとんど初めて聞く声の色か。
 間近でガン見されてる緊張か。
 指にかかる軽い重さか。
 細っこい首筋の白さか。
 俺の心臓の音か。



「見せたらドン引きしてどっか行ってくれると思ってたのに」
「あー……あいつらなら多分そうだろーけど」
「そういうの好きな人?」
「──」



 食い殺される、と思った。
 大きな目が光を反射して光って、喋る度にちろちろ舌が見え隠れする。

 ……猫じゃない。
 こいつは、蛇だ。

 ぞくぞくして、にやける口を隠すので精一杯だった。



「なぁ、もっかいちゅーしよ」
「……原くん、にやにやして猫みたい」
「あれ?」



 隠せてなかったっぽい。












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