黒子のバスケ

□ごちそうさま
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身体改造表現ありますが創作です。









「やっほー」



 ドアを開けてから内側をこんこんと叩くと、名無しさんが振り返った。原と比べて随分小さい身体は相変わらずやる気なさそうにのそのそ動く。

 弄らない黒髪に化粧っ気のない整った顔、ほとんど変わらない表情はそのままだ。しかし、皆無に近かった口数は大分増えた。
 口を開く度にちらちら覗く舌の上の銀色は、きっとまだ原しか知らない。



「飽きないね、原くん」
「飽きないよん」



 ぷぅっと膨らませたガムの甘い匂いに名無しさんが鼻を動かした。読んでいたらしい本を置いて、原に向き直る。
 見上げてくる目から視線を逸らしながら、その前にしゃがんで顔を近付けた。



「他の人に何か言われないの?」
「べっつにー」



 ブレザーからはみ出したセーターの袖に隠した両手で名無しさんの頭を挟み、髪をぽふぽふ撫でながら笑う。
 彼女は無表情のまま、首を傾げた。











 一度、訊いたことがある。
 何で自分なのか、と。



「何でって?」
「何つーかほら、他の奴らはずーっとガン無視してたじゃん?」



 あの日確かに原は運で負けてこの部屋に来た。

 でも、違うことが起こるには、する方もされる方も理由がある。
 そう思った。


 だが原の本心としては、ただ聞きたかった。
 自分である理由。偶然でない何か。自分だけが持つ要素。

 誰でもよかったのなら終わろうと思っていた。
 もうここには来ない、と決めていた。



「……原くんって」
「お?」



 しかし名無しさんは案外するりと口を開く。

 そして、真っ直ぐに目を向けて笑った。反射的に視線を逸らした彼を笑うように。



「人と関わるの苦手でしょ?」
「──」



 肯定も否定もしていない。
 そして彼は、それが理由か、と訊かなかった。訊かなかったが、それから原は暇ごとにこの部屋を訪れている。











「ぅ、おっ……」



 張り詰めた血管の裏をこりこりと擦られる。熱く柔らかい舌に絡まる、固い金属。

 下を向けば、伏せられた長い睫毛、それから自分の見慣れたあれを咥える赤い唇が目に入った。
 何も塗らない癖にやたら長い爪も立てることなく扱き上げる指は見事としか言いようがなく、思わず笑ってしまう。
 口を離す度にかかる吐息、直後に触れる唇と濡れた舌。ぬるつく粘液と唾液はてらてらと光った。

 
 最初は興味と冗談が半分ずつだった。原自身そんな気もなく、ただからかってみようくらいの申し出のつもりで言ってみた。
 すると案外抵抗も嫌悪も示すことなく名無しさんは受け入れた。たどたどしい訳でもなく、経験があるらしいことは確かだ。それだけちょっとちくっとした。



「あッ、あ゙ー、ん!?」



 ぱくりと開いた割れ目に舌の先端が柔らかく捩込まれ、擽られる。
 ぞわぞわと快感が這い上がって思わず腰を引いたのと同時に口へ名無しさんの汚れていない方の掌が押し付けられた。声がくぐもる。

 その間もぐりぐりと亀頭は柔らかく押し潰され、滑りのいい指は根元から扱き上げてくる。
 荒くなった息は指の間から抜け、乾いた音が漏れた。

 そして。



「──ぁ」



 やば、という一言が頭を掠めた瞬間。腰から背中へ快感が弾ける。びくんと脚が震え、名無しさんの口に精液がぶちまけられたのがわかった。最後まで絞り出すように扱かれ、ちゅぅうっと吸われる。

 急速に冷えていく思考の中、口に押し付けられた掌を自分で外した。



「ぶは、……そんなうるさかった?」
「だいぶ」
「ごめーん」



 図書室を利用する生徒は多くないが、流石に騒いでいたら誰か来る。原自身そんなつもりはないものの、彼は割と声が大きいらしい。

 名無しさんが原の前から腰を上げ、鞄を探ってタオルを取り出すと適当に手を拭う。それから窓際へ向かい、空気を換える為に上の窓を開けようと踵を上げた。
 中々届かない枠に指先が僅かに引っかかった辺りで、後ろから軽々と窓が開けられた。



「はいはい俺やるよーん」



 間抜けた口調に名無しさんは彼を僅かに見上げる。原は彼女の背中にぴったりくっついて片腕で抱き寄せ、頭に顎を乗せていた。その髪に唇を押し付けてから、抱いていた手で名無しさんの顔を上へ向かせる。
 覗き込んでくる原の目は見えないが、笑っていることだけはわかった。



「飲んだ?」



 彼女はぺろりと舌を見せて答えた。2つに分かれて、赤い。

 それらがすぐに引っ込んだのを見て原は名無しさんの顎を押し下げる。が、開かない。



「あーんして」
「あー……んぅ、」



 真上は辛そうと見たか、原は名無しさんの頭を抱えて振り向かせた。間髪入れず唇が押しつけられて彼女は一歩後ずさり、磨り硝子にぶつかる。言われるままぽかんと開けた口にはあっという間に舌が入ってきた。
 嚥下したものの、青臭さはまだ残っている。それを知っている癖に彼はやたらと舌を絡めてきて、ぐちぐちと唾液が掻き混ぜられては入れ替わる。

 普通、男はああいう後にするキスは嫌がるものだ。そう思っていたが、原は例外のようだった。



「……気持ち悪くない?自分の味って」
「吐きそー」
「ばか?」
「嘘だって」



 きしし、と歯を見せて笑う。

 そうまでして原が彼女の口に触れてくる理由には心当たりがあった。彼が名無しさんに興味を示したきっかけ。舌に開けたピアスと、それを半分に割っていることだ。蛇のように。まるで2枚、舌があるように。



「でもちゅーは1枚のがいーかも」
「そう」
「……拗ねた?」
「全然」
「んー」



 名無しさんの動かない頬を軽く摘まんで、むにむに横へ引っ張る。


 他の連中と比べてこうして話せるだけでも大差があるものの、原はまだ満足していなかった。
 時折見せる薄い笑み以外、彼女の表情を目にしていない。


 もっと見たい、と思う。
 自分だけに向けられる顔。表情、反応、仕草やそれに声、──



「──あり」



 呟いて、考える。
 引っ張っていた手を離して無意識に後頭部を掻きながら、目の前で首を傾げる人形めいた顔に更に近付いた。長い睫毛や荒れを知らない肌がよく見える。


 知りたいなんて今まで思ったこともない。友達ならまだしも、異性。付き合ったことが無いわけではないが、これといって特別な興味など持ったことはなかった。
 告白されて付き合って、遊びに行って、キスして、セックスして、喧嘩してさようなら。そんな風に生きてきて、それが普通なのだと理解していた。漫画やドラマとは違う、現実の恋愛だと。

 一人を知るために彼女の元へ通って、話して、探って、要求して。
 時間ができると自然と足が向かう。考える。

 これじゃあまるで、間抜けで馬鹿な……

 

「これってさぁ、恋?」



 ……恋する男子コーコーセー、だ。


 訊きながら、自分でも馬鹿な質問だと思った。




 











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