PSYCHO-PASS

□さがしもの
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 赤くなった首筋や肩、腕を見て、つい昨夜を思い出して溜息が洩れた。
 

「なんて顔してんだ」


 呆れた顔で笑う慎也が出てきて隣に並ぶと、鏡に二人並んで映った。
 慎也の首や鎖骨の辺りにも同じように赤い痕があって、思わず笑ってしまう。


「変だった?」
「いや、物足りないときの顔」


 私の部屋にあるのとは違うミントの味でしゃこしゃこと歯を磨きながら慎也を見ると、同じ動作に入ろうとしていた彼が鏡越しに私と目を合わせて、口角を上げた。












「……いないのか」


 インターホンを鳴らしても、扉を叩いても、何も返ってくる気配はない。無駄足を踏んだかと舌を打ちながら、待てよと宜野座は考える。こんな朝から外出していることなんて、今まで名無しさんにあったか?と。名無しさんはどちらかといえば朝に弱く夜に強い為、仕事はなるべく夜にして等と欠伸混じりに頼まれたことだってある。
 ……詰まるところ、用事で外出しているというよりはどこかに外泊している、と認識した方がよさそうだ。予想できるところで、常守や六合塚、唐之杜だろう。

 再度舌を打ち、宜野座は踵を返した。仕方ない。先に狡噛の方へ行こう、と考えて。












 上顎を舌で擦られ、背けそうになった頭を掴まれる。後ろからも強く固定されて逃げられない。
 くすぐったいのが次第に溶けてきて、目の奥がつんとしたかと思うと息混じりの声が漏れた。自分じゃないみたいな鼻にかかった甘い声。
 唇を離した瞬間に、はふ、と熱い息も溢れる。


「……ね、仕事遅れちゃう」
「まだ早いだろ」


 机の上に置いた端末を一瞥すると、午前の半分を過ぎたところだった。朝からなら起きて出勤してるだろう時間だけど、今日は生憎昼からだった、はず。
 ぐっと肩を掴まれて引き寄せられ、慎也の方へ倒れ込んだ。

 慎也の部屋には何ということかベッドがない。本人はソファーで寝るからだの何だの言ってるけど、こういうときに困るんじゃないかと思う。以前、ベッド買おうよと言ったこともあるけど意地悪く笑って断られた。
 だからここだと毎回、私が上になる。……多分それも理由。

 座った慎也の上に向かい合わせで跨るように乗り上げて、少しばかり彼を見下ろす。仕事中は絶対見せないだろう優しい表情に、お腹の下の方がきゅんと疼いた。
 それに悟られないように、今度は私から口付ける。


「え」
「?」


 瞬間、聞き慣れない電子音が響いた。


「……珍しいね?」
「ああ」


 仕方なく身体を退けると、不満そうな慎也が私の髪を一梳きして立ち上がった。めんどくさそうに玄関の扉へ歩いていく様子を眺めてから、見えないように私も死角へと移動する。

 誰だろうか。まぁ、予想できるところで――











 部屋の主は、今度はあっさりと出てきた。扉は全て開かず、完全に隔たれた状態で顔を合わせる。 


「……ギノか。どうした」


 相変わらず不機嫌そうとも無感情とも取れる表情で問う狡噛。
 

「ああ、届けてくれと頼まれてな」
「そりゃどうも」


 封筒に包まれたそれを受け取る。
 このご時世でも活用される紙の資料。どうやら電子では伝えきることのできないものも残っているらしい。偽装しにくいからという意見も聞いたことがある。
 
 用件が終わっても、宜野座はまだそこにいた。


「まだ何かあるのか?」


 早くしてくれと狡噛が溜息混じりに言うと、少しばかり言いにくそうに宜野座が答える。


「いや……狡噛、名無しさんを知らないか?外泊しているらしいんだが用があってな」
「さぁ。常守か六合塚か……運が悪けりゃ志恩のとこじゃないか?」


 行き着く考察は同じかと肩を下ろす。
 そうかと小さく返して宜野座は手首の端末に触れた。仕方ない、この際電話で呼び出すか、と。
 

「あ」
「どうした狡噛」
「いや……」


 止める間もなく通話体制に入った宜野座の端末を諦めたように眺めた。
 刹那狡噛の後ろから聞き慣れた着信音と、それに慌てたらしい名無しさんがどこかにぶつかった小さな悲鳴が響く。

 目を見開き勢いよく顔を上げた監視官に、彼はにやりと笑って扉を閉めた。









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