PSYCHO-PASS

□捕食
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「――あ、」


 それはほんの僅かな不注意だった。
 名無しさんが手を動かした瞬間、彼女のその爪が槙島の首に引っ掛かった。伸ばしっぱなしの薄い爪は容易く彼の皮膚を裂き、赤い線を残した。


「ごめんなさい」
「ああ、構わないよ」


 槙島はそう言ったものの、次第にその線の一部がぷくりと膨らんでいく。どうやら思ったより深く切ってしまったようだ。
 自分で他人を傷つけた経験の少ない名無しさんはあわあわと周りを見て、しかし何もないことに気づいて肩を落とした。どうしよう、とばかりにその傷を見詰めている。


「名無しさん?」


 その視線に気づいた彼が名無しさんを見た瞬間、槙島の服を掴んで引き寄せた彼女が首に顔を寄せた。
 
 彼は予想もできなかった行為に目を見開いたが、されるがままその背中に腕をまわす。
 そして名無しさんはそのままちゅぅっと吸い付いた。

 小さな滴になった血を舌で掬い、唇を傷跡に押し付けるようにして拭う。
 数度繰り返すと呆気なくそれは止まった。

 
「……えっと」


 ふと目が合って、名無しさんの視線がふいと逸れる。
 見る見るうちに赤く染まっていく頬と耳。


「血、出たから、その、……離して」


 身を退こうとする彼女を抱き留めたまま目を細めた槙島が、嫌だと楽しそうに言った。

 名無しさんは自分の咄嗟と雖も軽率な行動に後悔の念を抱く。
 離れようと力を込めるほど引き寄せられて、いつの間にか彼が耳に口付けるほど密着していることに気付いた。


「あ、っ」


 ぞわりと背筋が震え、声が漏れる。耳元にかかる吐息がくすぐったくて身を捩るも、一向に槙島は名無しさんを離そうとしなかった。

 それどころか耳に唇で触れながら下に下がっていく。頬を掠め顎をなぞり、首にまで到達した。
 頸動脈の辺りに吸い付かれ、赤い痕の上を軽く噛まれる。
 
 動いたら喰い千切られるような錯覚に陥り、名無しさんは槙島の気が済むまで微動だにできなかった。









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