PSYCHO-PASS

□潜在意識
1ページ/1ページ









ベッドから起きた名無しさんはげんなりした顔をしていた。


部屋に向かうと、いつも通り槙島が本を読んでいる。

足音に気付いた彼が顔を上げて名無しさんを見た。



「おはよう。……どうかしたかい」
「……狡噛慎也の夢見た」



その名前を聞いた槙島は口角を上げる。
愉快というよりは皮肉な笑み。

持っていた本を閉じた。



「へぇ。どんな?」



彼の隣に座った名無しさんが宙を見つめ、苦虫を噛み潰したような顔で呟く。



「……2人で階段を駆け上がってるの」
「うん」
「それだけ」



吐き捨てるように言って、机の上のカップを取り紅茶を口に含んだ。

隣の槙島が声を上げて笑う。


紅茶を飲み込み、再度机に置きなおした。

唇を尖らせて彼を覗き込む。



「何がおかしいのよ」
「……いや。名無しさん、フロイトは読んだかい」
「――あ」



フロイト、とその名前を聞いて、名無しさんははっとした。

精神分析学入門。
彼の本としてはあまりにも有名すぎる。

その中の、夢の分析の項目。



「……願望充足」
「ああ。そうだね」



夢は潜在思想の現れである。
現れるのは決まって本人の意識の中にあるものだ。

そして、夢での行為や人物は全て、願望の現れである。



「……階段って確か」
「そうだね」
「……」



曰く、夢は全て性的な意味を持つ。
階段を駆け上る動作は、性行為の置き換えである。
決まったリズムを持ち、上る度に興奮が増して呼吸が激しくなるからだ。

……そんな一説を、覚えていないはずがない。


名無しさんはより眉を寄せて、次いでちらりと槙島を見た。



「怒る?」
「怒ってほしい?」
「いらない」



涼しい表情で彼女の髪に触れる。

名無しさんはそれを振り払って、ふいと顔を背けた。


暫く床を見つめて、はっともう一度槙島を見る。



「……ああ、そっか」
「ん?」
「逆って言葉は同じものに使うのよ。貴方達は逆だと思ってた。同類なだけだわ」



妙に納得したように言った。



「ううん、朝から精神分析なんて頭おかしくなっちゃう。ねぇ、朝ごはん」
「ああ」
「ホットサンド食べたい」



お願いするときだけ甘えた声で擦り寄ってくる名無しさん。
槙島はそれに軽く鼻で笑って、腰を上げる。



「一度彼と寝てみるかい」



ふと、振り返って彼女を見下ろした。



「……興味あるんだろう」



目の奥で好奇心が光っている。

この男はつくづくわかりやすい、と名無しさんは思う。


呆れたようにその笑顔を睨みつけて、ソファーの背にもたれかかった。

反抗期の少女のような目。



「そうね。……あなたが死んだらそうするわ」



.



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ