PSYCHO-PASS

□閑話休題
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「どうぞ、お嬢さん」
「ありがとう」



買ってきたカップを彼女に渡す。
ソファに寝転がって本を読んでいた名無しさんが身体を起こすと、笑って手を伸ばした。

手ぶらになったグソンは正面に座り、もうこちらを見ようともしないその女を見つめる。

美貌を確認するようにその整ったパーツを一つ一つ眺めながら、しかし小首を傾げた。
その疑問は自然と唇から零れる。




「名無しさんさん。貴女はどうして彼に飼われてるんです?」
「ん?」



名無しさんと槙島の出会いをグソンは知らない。
特別興味がある訳でもなかったが、ハッキングができる自分とは違う彼女が彼の傍にいることは常々不思議だった。

名無しさんは部屋を与えられ、映画や本を嗜みながら、いつも清潔で新しい衣服を纏う。
何不自由のない生活。



「仕事をしてるって訳じゃないんでしょう」



グソンの目を彼女はじっと見つめた。

そして唐突に声を上げて笑う。



「……言いたいこと当ててあげる。いつか捨てられますよ、でしょ。違う?」



控えめに尖った顎を突き出して、口を三日月のように歪め笑う名無しさん。

察しが良い、という言葉では足りないくらい彼女は全て先回りしてくる。
相手の脳と同期するように、日本語の奥床しさに沈んだ真髄を引っ繰り返す。



「ええ」



だからグソンも隠さなかった。
失礼ねと名無しさんに言われればその通りの苦言だ。

しかし。



「そんなの当たり前でしょ?私だって飽きたら捨てるわ」



確認するように、さらりと彼女はそう言った。
そんなつまらないこと、と表情がそう語る。



「……共依存だと思ってましたがね」
「スタンダール曰くね、恋愛は4種類あるの」
「はあ」
「私たち、どれだと思う?」
「……」



恋愛論を説いたスタンダール。

情熱恋愛。
趣味恋愛。
肉体的恋愛。
虚栄恋愛。

……だったか。

それぞれがどんなものだったかと思い出すより先に、名無しさんが不満げに声をあげた。



「あ、ねぇこのカフェオレ加糖じゃない。馬鹿なの?無糖って言ったでしょ」
「それはどうも失礼。……お使い係じゃないんですがね」



パシリは止めてくれと苦い顔をしてみても、彼女の目には映らない。
ストローでくるくると氷を回している。

どんな口説き文句も、罵詈雑言でも名無しさんは揺れないだろう。
逆に丸め込まれて忠実な犬のように黙り込むことになる。
確かに彼女は美しいが、金を出せば甘えてくる娼婦の方がよっぽど可愛らしい。



「あ、……ねぇグソン」
「はい」



思い出したかのように名前を呼ばれる。

こういう声掛けが良い内容だったためしがなくて、嫌な予感がした。



「私のこと殺してみてよ」
「はあ?」



楽しい遊びを思いついた少女の顔で、名無しさんがグソンを見つめる。



「聖護がどんな顔をするか興味ない?悲しむのか、笑うのか、怒るのか、それとも無関心なのか」
「……」
「簡単でしょ?柔な女1人殺すくらい造作もないわよね」
「……」
「毒で死んだらどう思うかしら。自殺に見せかけてみたら、きっと何か引用するわ。……そうね、さっきの話。スタンダールなら……。
 人生を逃れようとして毒を飲んだ人間においては、精神はすでに死んでいる。とか?彼女は既に死んでいたんだろう。なんて」
「……」



彼女の舌は止まらない。

笑い声混じりに言い切って、口元を掌で覆った。



「ねぇますます見たくなっちゃった。どうしよう、死んだら見られないのにね」



破顔して、身を捩る。


……ついていけない。



「……螺子飛んでますね。あんたらは」



会話を投げたのが間違いだった。

彼が飽きない理由もわからなくない、かもしれない。程度の結論しか残らず、9割は疲労で終わった。



「ねぇグソン」
「はい?」



自分で思うよりずっと疲れた声色。

そんなグソンの顔を覗き込んで、今度はぞっとするような冷笑を浮かべて名無しさんが言った。



「嫉妬は、自分のおそれている相手の死を望むのよ。貴方が恐れるのはどっちかしらね」












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