PSYCHO-PASS

□fxxk the world
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縢秀星のモットーは”何事も過程を楽しむ”である。
人生なんてものは死ぬまでの暇潰しだと考える彼にとって、結果よりも今がどうであるかが重要だった。
趣味であるゲームも料理も、勝ち負けや食事よりその直前が楽しい。



「だはは!それはコウちゃんが悪い。ギノさんブチ切れ?」
「だった」
「であの顔な訳ね。や、マジなんか失敗したかと思ってさぁ」
「狡噛さんって天然なとこあるよね」



クレーンゲームの機体を覗き込みながらアームを操作する名無しさんに、フライパンを振るいながら言う。
火を止めて出来上がった料理を皿に盛りカウンターに置くと、右手の冷蔵庫に振り返った。
中の野菜を選んでいると、



「あ、掴んだ」



という彼女の小さな声が聞こえる。
電子音に掻き消されそうな呟きだ。

扉を閉めて後ろの名無しさんへ目線を向けると、取り出し口からぬいぐるみを取り出す所だった。
水色の人型をした何か。



「おめでと。あげちゃう」
「いいの?」
「どーぞ」
「ありがとう。前よりアーム強くした?」
「回数重ねっと強くなんの」
「へー」



両手で顔の前に掲げ、押し潰すように弄ぶ。
点と線だけの顔がもにもにと歪み、間抜けな表情を作り出している。

ぬいぐるみ越しの彼女の顔が薄く笑っているのを見て思い出した。



「名無しさんちゃんの部屋にゃ合わねーか」
「そう?飾るよ?」
「なんも無いじゃん」
「あるよ」
「ホロ窓しかなくね?」
「ホロ窓があるよ」



潜在犯である執行官たちに与えられた居住スペースは、申請して購入さえすれば自由に物が置ける。
縢のように娯楽施設化する者もいるし、トレーニング器具を置いたり、リゾートホテルの一室のようにしたりと様々らしい。
だが記憶にある名無しさんの部屋はデフォルトの壁と床、声を上げれば反響する広い空間だ。
窓のように大きなモニターが唯一壁に張り付いている。



「何も置かないっていう拘りじゃなくて?」
「ううん。欲しい物がない」
「嘘でしょ」



ごちゃついた様に見えるが洗練されていると自負する自分の部屋を見渡す。
これでも絞った方だし、広ささえあればまだまだ置きたい物はある。

名無しさんがビリヤード台に近づいて、端に転がっている白い玉を指で転がした。



「水槽は欲しいけど」
「買えばいいじゃん」
「本物の生き物飼うと死んだら困るから」



何でもないように言う。
端正な目が伏せられたまま、転がる玉を追っていた。



「そんでバーチャル?」
「そう。可愛いよ」
「餌やったりすんの?」
「うん、水も換えないと濁ってく」
「へー。あ、どっちがいい?」
「シーザー」
「おけい」



平坦な声で答えながら向かってきて、カウンター席に腰掛ける。
ぬいぐるみを隣の椅子に置くと肘をついて縢の顔を覗き込んだ。



「この前の続きやりたい」



妙に気合のこもった目だった。
続きと言われてすぐに何の話か思い付く。



「上達した?」
「今日は勝てるよ」
「え、特訓した訳?」



テレビに繋げる対戦格闘ゲームなんて所持しているのは自分ぐらいの筈だ。
んん?と考えていると、名無しさんがカウンターの上を指差した。



「そこにお酒があるから」
「えぇ……酔っ払いになら勝てるって?」
「いっぱい飲んでね」
「フェアじゃね〜」
















「ヤベェ画面が見えねぇ」
「よし」



ぐわんぐわんと視界が揺れるせいで何も見えない。
頼りになる筈の指も上手く動かないし、どのボタンが何だっけと記憶も曖昧になっている。
ただただ攻撃を受ける音が聞こえていた。
向かい正面に座る名無しさんがボタンを連打しながら納得の声をあげているが、何もできない。



「よしよし、いいよ」
「よくねぇ。焦点合わねーの。待って、ちょい」
「よしよしよし」
「あ」
「よーぉし」
「ズルだって。無し!」



KOの大きな文字は読めた。
コントローラーをぶん投げて指を突き付けるが、名無しさんは軽く口角を上げて得意げに笑うだけだ。
脱力して背もたれに後頭部を乗せて天井を仰ぐ。



「対戦あざしたー」
「うへ……言われっと悔し〜……」
「あざしたぁ〜」
「真似しないでくんない?」



いつだったか全力で彼女を煽り尽くした日を思い出す。
負けたことよりその顔がイヤ、と整った唇を突き出していた。

リベンジを果たした名無しさんは乾杯とばかりにグラスを掲げ、傾ける。



「あー!もっかい!」
「いいよ」
「もう勝った顔じゃん」
「勝ってるからね」
「んだとぉ?見てろ……あり、コントローラーどこ?」
「さっき投げてたよ」
「……ダーメだこりゃ。休憩」



荒々しく立ち上がり、揺れる頭を抱えながら冷蔵庫へ向かった。
ペットボトルを2本取り出す。

1本に口を付けながらソファーに戻ると、名無しさんが寄ってきてもう1本を受け取りそのまま隣に腰掛けた。
酔いを覚すために深呼吸をしながら重たい瞼を持ち上げる。

その様子を見ていた彼女がぽんぽんと自分の膝を叩くので、誘われるまま横向きに倒れ込んだ。

手だけを伸ばしてゲーム機のリセットボタンを押し、そのまま電源も切ってしまう。



「あ。なかったことになる」
「ノーカン」
「ずるい」
「どっちが」



仰向けになると目が合った。
後頭部を柔らかい太腿に埋めたまま瞼を閉じて目線を切る。

耳の奥がどくどくと鳴っている。

酒って強くなんのかなぁ等と考えていると、髪に名無しさんの指が触れるのがわかった。
正確には前髪を留めたピンに。

爪先で摘んで引っ掛け、隙間を空けて抜き取る。
交差した2本が1本になった。



「何で取んの?」
「んー?」
「んーじゃなくて。あイテ」
「ごめんごめん」



髪を数本引っ張られながら残りも外される。
目を開けると、遮るように頭を撫でられた。
整髪剤で固まった髪型が崩されていく。



「ぐしゃぐしゃしないの」
「ごめんごめん」



口先だけで適当に謝る名無しさんの手を掴んで止めた。









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