PSYCHO-PASS

□純潔なぞ大嫌いだ
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全身を灰色の皮膚で覆われた人型のドローンが床に座っている。
その隣でチェ・グソンは何の色も示さない表情で椅子に腰掛け、机に向かっていた。

先程スキャンした名無しさんの全身データをアップロードし、処理を待っている。

最初のテストに彼女を選んだのには特に意味はない。
このドローンの用途を考えれば自分自身でも槙島でもなく、奴の方がいいだろうという軽い考えであった。

……上手くいけば、痛めつけて遊んでやるのも悪くない。



「なぁに?それ」
「ーー」



音もなく背後から名無しさんが仮想モニターとキーボードを覗き込んできて、心臓が飛び跳ねた。
つい先刻まで隣室で死んだように眠っていた筈だが起きてきたらしい。

タイミング悪くデータの処理が完了し、人型のドローンの人工皮膚にホログラムが投影されていく。
顔、首、肩へ滲み出すように肌色が足先まで広がり、次いで貼り付けたような衣服が表示される。

床に座り込んだそれは見る見るうちに人間の様相を呈し、傍らに立つ彼女と同じ容貌を携えた。

興味深く様子を観察していた名無しさんがそれに近づきしゃがんで覗き込む。



「ああ、頼んでたやつね。これって何ができるの?」
「……」



頬をつついたり、纏っている自分と同じワンピースを摘みながら純朴な疑問を投げかけた。

グソンが返答に困っていると、名無しさんはドローンの腕に付いた端末を弄り始める。
ブォーン……という通電するような籠った音が鳴ると同時に、液晶が光った。

ドローンが薄く目を開き、ガラス玉のような眼球が目の前の彼女を捉える。
青いレーザーの光が何かを探るように動いて、消えた。



「おい。勝手に、」
「起動ってこれ?オート?」
「……」



呆れて腰を上げるが、手遅れだと悟って背を椅子に預け直した。
一息吐くと、脚を組み替える。

ざまぁみろという気持ち半分、興味半分。見物することにした。



「え?わっ、ちょっと、何……ッ」



ドローンの手が彼女の腕を掴み、そのまま床に押し倒す。



「この、っ、……ひぇッ」



不意をつかれぽかんとしていた名無しさんが脚で押しのけようとするが、更に組み付かれて悲鳴を上げた。
見上げると、鏡で見る自分のような無機質な物体が目に飛び込んでくる。
それは薄い笑みを浮かべながら名無しさんに顔を寄せ、愛おしそうに首筋に唇を寄せた。



「待っ、助けて、やだっ」



不快感で震える肩を精一杯捩りながら、ドローン越しのグソンに手を伸ばす名無しさん。
空を切ったが、ギブアップとでもいうように床を力なく叩いて暴れた。

肘掛けにもたれて頬杖をつき、それを見下ろすグソンは薄ら笑いを浮かべている。
多少色気に欠けるが、見世物としては悪くない。

このままあれがどう奴を鳴かせて犯すか見物だな、と思った辺りで、名無しさんの啜り泣きが聞こえてきた。
あ?と覗き込むと、ドローンが機能を停止している。
どうやら相手側の色相を感知して自動で動作を終了する機能が作動したらしい。
ああ、ストッパーを外すのを忘れていた……と興醒めながらそれを彼女から引き剥がした。



「……すん、」



ドローンに捲り上げられたワンピースの裾を直しながら、名無しさんはその目に涙を溜めている。
自業自得だとわかっているのか、いつもなら飛んでくる不平不満の声が上がらない。



「生娘でもない癖に騒がしいな」
「うるさいっ」



きっ、とグソンを睨み上げる目は潤んだままで、威圧感の欠片もない。
珍しいその情けない表情に嗜虐欲が掻き立てられた。

薄暗い蛍光灯の灯りを照り返す彼女の長い髪を掴んで引き上げる。
無理矢理上を向かされ、痛みに眉間をぐっと寄せた名無しさんの顔を上から見下ろした。



「教えてやろうか?」
「貴方には興味ないわ」



は、と鼻で笑うと、平手で思い切り叩いて振り解く。
素早く足元からすり抜けて立ち上がると、一切無駄のない足取りで部屋から出ていった。



「チッ……」



痺れるような痛みを手の甲に感じたまま、苛立ちで口角が震える。

……何故あれが彼に気に入られているのか、いつまで経っても理解できない。



「中々面白いことを思いつくな。実に君らしい」
「……いたんですか」



ひやりとした汗と、刺すような視線を背中に感じた。



「ただのテストですよ」
「ああ。好きにすればいい」



振り返ると、柔らかい笑みを携えた槙島が立っている。
いつから居たのか、どこから見ていたのかはわからない、が。
どことなく、いつも以上に楽しそうに見えた。





















旧式のコンロの火を止め、沸いた湯をポットに移す。
注いだ瞬間から立ち昇る紅茶の香りにすんと鼻を鳴らした。

数分待ちぼうけたあと隣に置いたカップへポットを傾け、明るい褐色の液体を注いだところで背後に気配を感じた。



「きゃ」



白いシャツの袖が視界に入る。
背中と肩に人間の体温が軽くのし掛かり、思わずシンクの横に手をついた。
後ろから抱き締められたまま目だけで振り返ると、見慣れた白い髪が見える。



「貴方も飲む?」
「名無しさん」
「……?」



傾げた首に触れた声に背筋が粟立った。
普段なら有り得ない自分の反応に思わず眉を寄せ、言いようのない違和感に振り返る。

目が合った。



「……??」



立っていたのは思った通り彼だが、違和感は覚えたままだ。
薄い笑みを携えたその人物は、怪訝な顔の名無しさんへ逆に不思議そうな表情で首を傾げる。

……誰、と唇に乗せようとした瞬間、肩に触れたままの腕が背中に回されそうになり、



「嫌、ッ!」



咄嗟に手の中の紅茶をそれに投げ付けた。
飛沫は彼の顔面に命中し、跳ね返されたカップがカーペットの床に打ち付けられる。



「あ、……え?」



まずい、と思った瞬間。
彼の顔にノイズが走り、電気的な雑音が夜のキッチンに響く。

見る見るうちにそれは人の姿から、灰色の人工皮膚を纏った人型ドローンへと変貌した。

崩れ落ちるその肢体を覗き込む。
間違いない。先日襲われかけたドローンだ。



「……やっちゃった」



ホログラムは水に弱い……だったか。ハッカーの彼が言っていた。
ベータ版だ、とも購入時に言っていた気もする。
挙動からして明らかに”そういう”目的の産物の癖に弱点が水分というのは欠陥ではないかとも思いつつ、真正面から熱い茶を浴びせてしまってはどうしようもない。

本物じゃなくて良かったという気持ちも微かにあったが、完全にショートしたそれを焦った気持ちで見下ろしていると、視界の端に誰かの足が入ってきた。
見上げると、槙島が見慣れた笑みを浮かべている。



「悪趣味よ」



困り果てた顔で彼を見上げ、仕方ないという風に立ち上がった。
そこそこの重量のあるドローンの脇に手を差し込み、壁に寄せる。

カチ、と金属の触れるような音と、何かを置く音が後ろで聞こえた気がした。



「どこで気づいた?」



振り返ると、槙島がキッチンに立っている。
ティーポットから別のカップに紅茶を注いで名無しさんに差し出した。



「……なんとなく?変な感じ」



床に落ちた方のカップを拾ってシンクに置き、差し出されたそれを受け取る。
熱い液体を冷ましながら彼を見上げた。



「あれ、結構高いのよ。またねちねち言われるわ」
「君が気にすることじゃない」



真っ直ぐに見下ろしてくる目。本物だと確信した。
そう何度もあっては堪らない。

だが、いつもより上機嫌な様子が見てとれた。
これも何となくだが。

名無しさんが紅茶を冷ましてゆっくりと飲み進める間、何を語るでもなく槙島は隣にいた。
最後の一滴を喉へ流し、シンクへ置く。

ポットの横に横たわる折り畳み式の見慣れたあれが目に入った辺りで腕を掴まれて引き寄せられ、心臓が跳ねた。
されるがまま体重を預けると、腰に腕が回される。

名無しさんの髪に鼻先を埋め、耳元で告げた。



「試してみたいことがある」
「……私にできる?」
「君にしかできない。……時間はかかるかもしれないが」
「??」



分かりやすく疑問でいっぱいの彼女の様子に、吐息だけで笑う。




















その日初めて名無しさんは自分の身体が別の生き物のように感じた。
脳が溶けて流れ出ていくような、骨を抜かれてゆっくりと引き抜かれていくような、どこか不快感の混じったものだった。

静まり返った部屋に、人間の荒い呼吸の音が響いている。

布製のソファーに腰掛けた彼の正面へ向かい合わせに、その太腿を押し潰す形で座っているのは自分なのに、逆に握り潰されているような錯覚に陥っていた。



「は、ぁっ……待っ、んん」



ようやく息を吐き、だらしなく開いた唇をすぐにまた塞がれる。
頭を押さえ込まれる力は撫でるような優しい力しか感じないが、どういう訳か逃げられない。
両手で相手の肩を押し返している筈なのに、一切離れられる気がしなかった。
動けなくなる位置を知っているのか、それとも自分の身体に力が入っていないのかはわからないが、次第に抵抗が無意味に思えてくる。
だが、抗っていないとこのまま押し流されそうな恐怖が片隅にぽつりと浮かんでいた。

舌を絡め取られ吸われ擦られる度にぞわぞわと寒気のような熱が背中を這い上がる。
その熱が腰や脳、耳や指先にまで伝播して、震えるような快感に変わっていく。

知らない、気持ちいい、怖い、と混乱する頭は上手く働かないままぐるぐると回っていた。

目頭が熱くなり、涙が滲んで視界がぼやける。



「ぷぁ、はぁ、っ……」



可愛らしいリップ音と共に唇が離れ、名無しさんは槙島の肩に崩れ落ちた。
額を彼のシャツへ押し当てる。

息の仕方くらいはわかっていた。が、速まった心臓のせいで息が上がっている。
胸が苦しい。
腫れ上がったように熱を持ち、ばくばくと鼓動を繰り返した。

宥めるように髪を梳いていた槙島の指先が、そのまま首、背中をなぞって腰へと下りていく。



「君は以前、性行為なんてただの生殖行動で、人類の義務でしかないと言っていたね。まるでビッグ・ブラザーの監視下に置かれた人々のように」
「っ……だ、だって、ぁうッ」
「教育の賜物か、思想の受け売りか……それとも、未知への拒絶か」



槙島は自分の肩に添えられた名無しさんの両手を外して背中側へ下ろさせると、腰に左腕を回す。
そのまま左手で彼女の左手首を掴んだ。
後ろ手で拘束され、背を反らすように抱き込まれて名無しさんが驚いたように顔を上げると目が合った。



「君はどんな場所にも順応してきた。相応に機会もあった筈だ」
「あ、」
「君は自己の解放を恐れている。自らが考える理想の自分以外を他人に見せたくないんだ。……違うかい?」
「っ、……う」



空いた右手でワンピースのボタンをゆっくりと外していく。
次第に彼女の肌が晒され、部屋の明かりを照り返した。
日に当たらない白い肌は薄く、血管が透けて見える。

胸の下まであるボタンが全て外され、柔らかい生地はだらしなく垂れ下がる。
名無しさんは羞恥で赤面したが、腕を掴まれているせいで隠すこともできないまま虚しく指先だけが動いた。
小さく首を振って顔を背けると、唇を噛み締めて鼻を軽く啜った。喉の奥が鳴るようなか細い声が上がる。

不意に優しく首を掴む手に、びくんと肩が跳ねた。
指先で正面を向かされ、自分を見上げる目と視線が合う。

奥まで覗き込むような彼の目。



「……ぁ、……っ」



瞬間、ぞくぞくと激しく背中が震えた。
息が詰まり、身動ぎひとつできなくなる。



「名無しさん。僕もね、」
「……、」
「得意な方じゃない。行為自体には興味がないと言ってもいい」



顔を寄せ、唇が触れそうな距離で言った。



「だが君のその顔はもっと見たい」
「ぁ、……っぅ、」



脳が弾けたように空っぽになり、強張っていた全身が脱力する。
勝てない、と初めて本能で悟った。
譫言のように漏れた声は媚びるように甘い色。

目に涙を滲ませる名無しさんを、槙島は優しく引き寄せた。







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