三國無双

□傷ついた絆
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「徐庶殿と随分仲が良いようですね」


扇で口元を隠したまま、穏やかに諸葛亮は笑った。
言われた名無しさんは一瞬眉を寄せ、顔を逸らす。

元直と呼んでいる筈なのにわざわざ徐庶殿と言い換えるあたり、からかっているようで嫌味っぽい。

兄の癖に色々と盗み見、盗み聞きの多い諸葛亮に彼女は最近嫌気がさしてきた。
いつの間にか後ろの柱に隠れていただとか、壁の向こうに立っていただとか。
思い出すだけでも寒気と嫌悪感に襲われる。


「…私が誰と話そうが、孔明兄様には関係ありません」
「そうですか」


つんと言い放っても、彼は依然として微笑んだままだ。
この動じない性格も鬱陶しい。


「昔はにいたまにいたまと可愛らしかったのですが。…あ、今も可愛いですよ?」


思わず拳を握り締めた。


「兄様、そういう言葉は黄夫人におかけ下さい」
「事実ですから」


何を言っても無駄だと察し、名無しさんは後ろを向いた。
自室へと歩き出す。

こういう苛々は寝て忘れるに限るのだ。

しかし、後ろの気配は薄まらない。
ついてきている。

いくら早足になっても、駆け出しても変わらなかった。
怖い。

自室が見える。

名無しさんは扉の前までくると、踵を返した。
文句を言う為に。


「え」


後ろをついてきた彼が近寄ってくる速度を落とさない。
寧ろそのまま目前まで止まらなかった。

そしてとん、と。
諸葛亮が彼女の顔の横に手をついたかと思うと、更に近寄った。

触れる唇。


「え?」


一度だけでは飽き足らなかったのか、再度押し付けるように合わさる。

一瞬の出来事。


「…え?」


名無しさんは驚きに目を見開き、理解しかけて口の端が引き攣った。
目の前の男は口の端を上げ、笑う。
同じようで違う表情。


「すみません、名無しさんが急に振り返るものですから」


止まれませんでした、と。
壁についた手を退けて名無しさんにとっては憎たらしい微笑で言った。

それにしては二度目もあった気がする。
故意だ。

間違いない。
この男は差異なく、名無しさんに狙って口付けた。


「…ふ、ふふ、」


怒りを通り越して笑いが沸いてくる。

そうか、そうか。
兄は完全な変態だったのだ。
今までだってそれらしい言動は目に余っていた。
寧ろ今まで気づかなかったというか目を逸らしてきた自分に叱咤したい。


「兄様、兄妹の縁を切りましょう」
「夫婦になりますか?」


頭脳明晰な名無しさんの兄は、彼女の髪を撫でるように梳いた。









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