三國無双

□憧憬
1ページ/1ページ







不愉快な粘着質の水音と嬌声が響く。

名無しさんの腰を掴んだまま打ちつけると、奥のこりこりした部分に先端が当たってめちゃくちゃ気持ちいい。


「……は、」


家で、ホテルで、時には屋外でも繰り返されるこの行為には、名前を呼ぶことも甘ったるい言葉も何もなかった。
俺にはちゃんと彼女がいるし、名無しさんに至っては他にもこういう相手がいるらしいことは聞いている。

名無しさんは俺に突かれながらぐりぐり自分の気持ちいいところ弄くったりして、俺も名無しさんなんか構わずに好きなように最後までする。
相手の身体を使った自慰行為、という表現が一番合っていると思う。


一際押し殺した高い声を上げて名無しさんが達すると、びくびくと中が蠢いた。
ごりごり擦り付けるとその収縮に扱かれ、ようやく俺も脱力する。

すぐに引き抜いて色々処理して、ベッドの縁に座った。


「名無しさん」
「……なに?」


荒い息を整えていた名無しさんが振り返る。
白い肌が紅潮して色付いて、いつもより可愛い。

……って。


「何でもねぇ」
「なにそれ」


気怠げに息をつきながら耳に髪をかける仕草に目を奪われる。
いちいち可愛いのに色っぽい。

……そう。
俺は近頃、名無しさんのことを好きなんじゃないかと思い始めた。
ただの好意というか愛情の、好き。

自分でも信じられない。
最初は気が向いたら電話して終わったらすぐ別れる、みたいな冷たくて乾いた関係だった筈なのに。


「それ、元姫ちゃんとお揃い?」


呆けていた意識が呼び戻される。
名無しさんの目線が俺の首元に向いていた。

元姫に貰ったネックレス。
別に一緒だからとかじゃなくて、単にデザインが気に入ったからつけたままにしていたそれ。
いや……誰に言い訳してんだ。


「ああ、そうだな」
「ふーん」


でも、すぐに興味なさそうに逸らされる。
脱ぎ捨てた服を拾った名無しさんに、思わず眉を寄せた。

興味ないなら訊くなよとか、何も思ってくれねぇのかとか。
……こんな風に変わっちまったのは俺だけなのか、とか。
ぐるぐる回ったあと不快感になって顔に出る。

ったく、めんどくせー。
こんなに掻き乱されるくらいなら最初から、……いや。
でも。


「じゃ、またね」


いつの間にか服を整えて帰る準備までしていた名無しさんが、財布をぱちんと締めて手を振っていた。
机の上にいつもの額が置いてある。
ここの料金の半分だ。

もう、お別れか。
次に会えるのはいつだろう。
前が何週間前だったか忘れたけど、すぐには会えない。

と思ったら、勝手に口が開いた。


「名無しさん!」
「ん?」
「……あー、いや」


しまった。

未曾有の出来事だ。
頭を掻きながら言い訳を考える。


「もう一回?」


首を傾げてそう言った名無しさんがまたベッドまで戻ってきて、横に腰掛けた。
柔らかく笑って、手を俺の膝に置く。

こうして見ると普通の恋人みたいだと思う。

名前を呼んで、触って、思いっきり抱き締めたらどんな反応をするだろうか。
いかれた関係じゃなくて、普通の……。


「今日、なんかへんだね?」


見上げてくる名無しさん。
素直に可愛いと思う。
もしかしたら自分で思ってる以上に落ちてる、かもしれない。

いつからこんな風に変わったのかは見当もつかない、けど。

決めた。
いや、確信か。

……名無しさんが好きだ。


「きゃ」


唐突だったと思う。

膝の上に添えられた名無しさんの手を掴んで引いた。
重心がずれて、俺の方に倒れ込んでくる。
そして、さっきまで繋がっていたその身体を抱き込んだ。

初めて、抱き締めた。
行為の最中に支えることはあっても、意図的に密着することは無かった身体。


「な、ちょっ、わ、わっ」


名無しさんが腕の中で暴れる。

こんなに取り乱した名無しさんは初めてだ。
珍しいものが見られたという感動と、やべえかなという焦りが生まれた。


「……何で」


存分にじたばたした後、それでも俺を押し返しながら名無しさんが呟く。

心なしか湿っぽい声。
そんなに嫌だったかと咄嗟に顔を伺った。

息が詰まる。


「名無しさん……お前」
「やだ、ばか、見ないで」


振り解こうとしても無駄なことくらいわかるくせに、また暴れ出す名無しさん。
その顔は、真っ赤だ。

嘘だろ、という驚愕と、困惑の混じった歓喜に襲われる。

ぎゅうう、と更に強く抱き込めると、ようやく静かになった。


「名無しさん、俺」


名無しさんは答えない。
ただ、とくとくと心臓の音が伝わってくる。


言った。
思ってたこと、全部。
好きだっていうのと、それがいつからとかどんぐらいとか、色々。

黙って聞いていた名無しさん。
その顔が見たくて腕から解放しても、そのまま動かなかった。
俯いて、手で口元を隠しながら、何も言わないままで。


流石に俺も不安になって名無しさん?と呼びかけると、ようやく目線が上がった。


「……ずるいね、君」
「ん?」


顔を上げるともう一度名無しさんは、ずるいと口にした。

そして、ぽつりぽつり話し出す。

何人かいたこういう関係の人は、数週間前に全員切ったこと。
本気になりそうで怖くて、わざと早々と帰ろうとしたこと。
それから、俺のことを好きになったのは多分俺より後だ、ってこと。

頭ん中真っ白になったけど、根性で立ち直った。
言葉のひとつひとつを咀嚼して、嚥下する。

つまり、だ。


「……名無しさん、」
「元姫ちゃんいるのはわかってるけど、好きなんだもん。しょうがないよね。
だって、君が一番気持ちよくて恥ずかしいんだよ。他の人とするときは恥ずかしいなんて感じたことなかったのに。
気づいたのも遅かったけど、……私何言ってんのかな、わかんないや」


照れたように笑った名無しさん。

ああもう、なんか、その。


「きゃ、ちょっ、と、……ん、」


力任せに肩を掴んで引き寄せて、顔を近づけた。
唇を押し付けると、名無しさんがひくんと震える。

思えばキスも初めてだ。
想像以上に反応が可愛くて、唇の柔らかさにも感動する。
わざと音を立てながら繰り返すと、眉を下げた名無しさんが俺の肩に手を添えた。
そのまま腕を伸ばして、首に絡ませる。

触れ合うだけだったそれは、次第に深くなっていった。
舌先でちょんちょん突っついて、歯をなぞった後にぐいとそれを押し込む。
驚いたのか奥に引っ込んだ名無しさんの舌を追い掛けて絡め取った。

熱くて柔らかいそれのざらざらした所や裏の筋も舐めてやると、首にある腕に力が籠もる。
名無しさんも応じるように掻き混ぜてきて、ぐぢゅぐぢゅと変な音がした。

合間に漏れる名無しさんの息が物凄く色っぽくて、可愛い。
……堪らない。


「は、……なぁ、名無しさん」


とろけたように潤んだ目が俺を見る。

頭の中で何かのスイッチが入った。
こくんと頷いた名無しさんが俺の髪を撫でて、そのまま頬に手を添える。

ふにゃりと笑った名無しさんを、心の底から好きだと思った。

元より身体の相性は最高なんだから、これに精神まで合わさったらさぞかし気持ちいいだろうな。
なんて考えながら、ちゅっと瞼に口付けた。









.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ