三國無双

□詐欺の兎
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ぐにぐにと潰しても押し返してくる感触。
間抜けな顔と表情。

薄桃色のそれはじっと真ん丸で真っ黒な目で司馬懿を見つめていた。


「…ハァ」


溜息をつく。

書店に寄った帰り。
なんとなく、本当に何も無くふらりと入ってみたのがそもそもの間違いだったのだ。

ゲームセンター。
小うるさい機械だらけのこの店は若者や親子連れで賑わっている。

何をすればいいのかわからないまま、ただで帰るのも気が引ける。
そんな司馬懿の目の前に現れたのがクレーンゲームと呼ばれるそれだった。

始めは恋人たちがはしゃぎながら挑戦している様を見て鼻で笑った。
が、その二人が諦めて姿を消してから間近で見たところその仕組みを理解し、やってやろうという気になってしまったのだ。

すると、さっきの恋人たちはいくらか高額を賭けたらしいそれを彼は一度で落としてみせた。


「フン」


優越感とともに、これをどう処理しようかという疑問が起こって今に至る。

これ、とは、俗にいうぬいぐるみ。
薄桃色で手触りのいい、二足歩行の兎を模った綿と布の塊である。

当然司馬懿には必要ない。
しかし捨てるのは気が引けるし注目を浴びるだろう。

仕方なく、両腕で抱えて店を出た。


「見てあれ可愛い〜!」
「ゲーセンだよね〜いいなぁ〜!」

「おかーさん!あれほしいー!」
「はいはい、また今度似たの買ってあげるから大きな声出さない」

「ねえゆうくん、あたしもあれ取って〜」
「あんなデケーの取れるわけねーじゃん」


…………。
想像以上に目立つようだ。
道行く人々の目線を集め、更に話題を提供しているらしい。

屈辱にも似た何かを感じた。
何故勝った筈の自分がこんな羞恥を知らねばならん、と憤慨する。

もういい。次この話題を持ち出した通りがかりの人間に適当に押し付けよう。
と、思った矢先だった。


「わ、おっきなぬいぐるみ」


愛しい彼女の姿が視界に飛び込んで来た。
名無しさんが向こうで立ち止まって笑っている。


「…貴様、何をしている」


駆け寄ってきた名無しさんに、ぶっきら棒に問うた。
思っていた以上に恥ずかしいようだ。


「こっちの台詞だよ。仲達がゲームセンターでクレーンゲームなんて何かあったの?」


彼女にくすくすと笑われ、顔に熱が上がってくるのがわかる。
堪らず腕の中のふわふわを、目の前の女に押し付けた。

不思議そうにぬいぐるみ越しに見上げてくる名無しさん。
悔しいが、可愛いと思った。


「…き、貴様にやらんでもない」


いらぬなら捨てるなり何なりするがいい、と保険をかけようと思ったが、予想以上に名無しさんの顔が輝いたのを見て言葉に詰まった。


「くれるの!?やったぁ!」


わーい、と両手に掲げた後抱きしめる。
邪気の無い行動に、幼子を相手しているように錯覚した。

しかしこうまで喜ばれると中々どうして悪くも無い、と思った。

ぴょんぴょんと跳びはねる名無しさんが司馬懿の腕を取る。


「何をす、っ」


そしてそれを抱き込んだ。
さっきのものよりも弾力があって柔らかい何かが押し付けられる。

笑う名無しさん。

以前から思っていた。
この名無しさんという女は、本当に何も考えていないのだなと。

溜息をつく司馬懿。


「仲達の家行きたい」
「は、!?」


近いでしょ?と首を傾げてくる。

やれやれと顔を伏せた後、口の端を吊り上げた。


「好きにしろ。どうなっても知らんぞ」


うん、と名無しさんは笑う。
司馬懿と同じ書店の袋を手首にかけて。








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