三國無双

□言わない
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「失礼します」


姜維が大量の書簡を持って訪れた。


「丞相、こちらに置いておきます」
「ぶっ」
「ん?」
「――ああ、ありがとうございます。ではこれを」
「あ、はい」


頭を下げてそれを受け取ると、姜維は一瞬目だけで部屋を見渡す。
足は止めないまま。

そしてすぐ、諸葛亮の部屋を後にした。
もう一人の気配に首を傾げながら。


「…いたい」
「打ちましたね」
「うう」


扉が閉まり、足音が遠ざかったのと同時に。
机の下から声がした。

声の主は額をさすりながら諸葛亮を見上げる。


「気づかれた?」
「大丈夫です」
「そう。…びっくりした」


薄く笑いながら、椅子の脚に凭れた。

彼女はずっと机の下、諸葛亮の足元でじっと座っていた。
時折膝に頭を乗せたり眠ったりしていたが、傍を離れることはなかった。

しかし突然の来訪者に驚いたか立ち上がろうとして額を机に思い切りぶつけたようである。


「…退屈ではありませんか?」
「全然」


早い返事。

諸葛亮は目を細めると、名無しさんの頭に手を乗せた。
何度か髪を梳くように撫でる。

彼女はそれにされるがまま、猫のように擦り寄った。


「かまってくれると嬉しいけど、今も楽しいよ」
「…構う、ですか」


考えるように目を逸らした彼。
名無しさんが慌てるように


「私は好きでここにいるんだから。お仕事がんばって」


と取り繕う。


「多少休憩した方が効率は良くなります」
「…まあ、そうだけど」


穏やかな笑顔のままだ。
直感であまりよくないことを考えているときの顔だと悟る。

すっ、と静かに、諸葛亮が椅子を引いた。


「名無しさん」
「なに?わっ」


頭を撫でていた手が腕を掴み、名無しさんを引き上げる。
力が入っていないまま立つ名無しさん。
そのままの流れで前によろける。


「っ、…あ」


抱き止められたかと思うと、くるりと回された。

背中に彼。
目の前は机。

後ろから抱かれる体制で、椅子に座らせたのだと理解する。


「…し辛くない?」
「いいえ」


耳の上辺りに諸葛亮の口があって、声が直接当たる。
くすぐったいような感覚がすっと駆け抜けた。

机の上のものを見る。
名無しさんには理解できかねない文章が連ねてあった。

彼女も馬鹿ではない。
戦場でも卓上でもそこそこの功績を残している。
しかしやはり理解できないものもある。

すっと手が伸びてきた手が筆を取ると、先ほどまでの続きに取り掛かった。

静寂の中、そっと体から力を抜いてみる。
彼の左手に触れた。

彼の穏やかな性格故に華奢に見えるが全くそんなことはない、と名無しさんは思う。
骨ばっていて力強い、男性の手。

そう、手だけじゃなくその上の腕も。
…それから、


「…随分と積極的ですね、名無しさん」
「あ」


からかうように唇が耳に押し当てられる。
思わず身を捩りそうになった。


「…それ、やだ。くすぐったい」
「そうですか」
「わ、ひゃ…」


更に、熱い息をふっと吹き込まれ肩が撥ねる名無しさん。
恨めしそうに眉を下げて唇を尖らせた。

後ろを振り向けないもどかしさに、卓上の手を握る。
指の輪郭をなぞり、指を絡ませた。

扉が開く。


「失礼します、丞相――」


突然の姜維来訪。
しかし彼の動きは直後にびしりと固まった。

彼の目は、諸葛亮の前に座る名無しさん。
名無しさんの目はその驚いた彼の顔。

数秒見詰め合う。

段々と姜維の顔が紅潮していくのが見て取れた。
そしてその様子に首を傾げる名無しさん。
諸葛亮は何も言わず、笑みもそのまま崩さなかった。


「――失礼しました」


足元に書簡を置く。
それから後ずさる様に下がり、頭を扉にぶつけた後苦労して扉を開き、駆けて行った。


「ばれちゃった」
「そのようですね」
「黄夫人に怒られちゃう」
「そうでしょうね」
「…ま、いいや」


上体ごと捻って名無しさんが振り向く。
そして、諸葛亮に顔を寄せて軽く口付けた。


「好きよ、孔明」


えへー、と照れたように笑う。


「…不覚です」
「え?」


答えないまま、正面を向きかけた名無しさんの顎を掴んで唇を合わせた。

一瞬驚いた彼女も、目を細めてそれに応じる。
首に腕を絡め、舌を差し込んだ。







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