三國無双
□再戦希望
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話しかけてみたい、けど、無理。
「…めんどくせ」
ついいつもの口癖を司馬昭は呟いた。
自分のへたれさにも呆れる。
クラスメイトに話しかけるくらい、普通は楽勝な筈なのだ。男子は勿論、女子とだって毎日のように話している。
だが、なんとなく、彼女とは話したことがなかった。
電車が同じで、時間も同じで。更に車両もいつも同じ。
わざとそうしてくれているんじゃないか、なんて一時は思ったが、いつも本を開いて周りには目もくれない様子を見て肩を落とした。
高嶺の花、と呼ばれているのを知っている。知り合いが言っていた。
このご時勢に古くさいとも思ったが、なるほど彼女を形容するならそれが妥当な言葉だ。
はっきり言ってクラスで一番可愛い。
クラスだけじゃない。美人だのクールビューティだのと呼ばれる先輩も、可愛い可愛いとちやほやされる後輩も。彼女には敵わない、とつくづく司馬昭は思っていた。
だが彼女にあまり友達と呼べる存在がいないのは見ていてわかった。
物静かで、あまり笑わず、大抵本を読んでいる。放課後はすぐに帰宅しているため、部活にも入っていないのだろう。
今、そんな彼女と彼は、教室に二人だった。
しかし共同の目的があるわけではない。司馬昭は居残って反省文を書かされ、彼女は日直の仕事をこなしていた。
反省文は時間が掛かるが、日直の仕事なんてすぐに終わる。だからこそこの好機、一度くらいは言葉を交わしておくべきだ。
…だが、中々前に進めない。
イヤホンから聞こえる音楽も、煩わしくなってきた。
考え込んでいると、彼女がシャーペンを置く音がした。筆記具を片づけ、日誌が机を軽く叩く。
自分が嫌になる。何で肝心な人には何もできないのだろうか。どうでもいい女子には慣れ慣れしすぎるほど仲良くできるのに。
ああ、めんどくせ。
「ロック、好きなんだ」
え?
「は、はいっ?」
つい飛び出た、間抜けな返事。
がたん、なんて勢いよく立ち上がる。
彼女は一瞬ぽかんとして、次の一瞬には眉を下げ、声を上げて笑っていた。
「悪ぃ、っと、…何で?」
そんな顔で笑うのか、と感動に近いものを感じながら、押し出すように訊く。
すると彼女はとんとん、と耳の辺りを叩いた。
「電車でも聞いてるでしょ?」
少しばかり理解できなかった。
しかしそれは、音が外に洩れていたという意味だと呑み込む。
「昭くん、面白いね」
じゃ、また。そう言って彼女は教室を出て行った。
残された、一人。
耳に熱が集まっていくのを感じる。緩んだ口元を手の甲で隠しながら、座り直した。
「…やべぇ」
やべぇ、やべぇ、と繰り返す。
女子と話して、こんなことになった経験はなかった。
話しかけられた。電車でも覚えられていた。笑ってくれた。名前も知っていた。
「――っし!」
つい出たガッツポーズ。
なんて間抜けなんだと思いながら、凄絶な速さで反省文を書き終える。猛ダッシュで廊下を駆け抜け職員室に提出すると、学校を後にした。
家で兄と父に気持ち悪がられたのは言うまでもない。
明日こそは、自分から話し掛けてやる。そう、思った。
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