三國無双

□想い思わせ
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旧校舎一階。
一番手前にあるのに一番地味な空き教室。
使われなくなった古いパソコンや演劇部の小道具が積まれている埃っぽい部屋である。


「毎度毎度司馬昭くんは何しに来てるの?」
「ん?サボり」
「サボりたい部活なんてやめちゃえばいいんじゃないの?」
「めんどくせーこと言うなって…」


私の所属する文芸部は、文化部の中でもかなり廃れた部活だ。
部員は辛うじて二桁、しかし9割幽霊部員。
それも帰宅部は印象が悪いからという理由で肩書きだけをかっさらっていく生徒ばかり。
本当に読書や執筆が好きな人なんて何人いるだろうか。
もしかして私しかいないんじゃないだろうか。

そんな文芸部の部室に度々現れるのが、運動部で煌めいている司馬昭くんだ。
サボりすぎて彼が何の部活に入っているのかは忘れたけど、運動部の筈。
レギュラーって練習しなくてもなれるんだ、なんて希望を持たせてくれた人物である。


回転する椅子に座ってぐるぐると周りながら文芸誌をめくる彼。
回転しない椅子に座って返却期限の過ぎた図書館の本をめくる私。

あれ、ちょっと部活っぽい。


「もっと可愛い子がいる文化部行けばいいのに」
「ん?」
「家庭科研究部とか行ってみたら?
 君ならきゃあきゃあ言われて手厚くケーキ振る舞ってくれると思うよ」
「……」


この作家はデビュー作以降は面白くない。
やっぱり処女作のインパクトや個性感、テンポ、独創性を超えられる作品を書くのは難しいのだろう。
デビューする作品はやはりその作家が最も書きたかった話であり、練りに練って応募した小説の筈。
それを締め切りや多大すぎる期待に詰めに詰められてひり出した小説が超えようなんて、愚の骨頂とかいうやつだ。

返却期限は……しまった、先月の初めか。
これはブラックリストに載ってしまいそう。

……等と溜息ひとつ、本を閉じる。
すると目の前に昭くんの不満げな顔が現れた。

前のめりになって私の顔を覗き込んでいる。
そのせいできいきいと椅子が軋んでいるのも構わずに。


「いらねぇよ、そんなの」
「どうして?あ、そういえば君、彼女いたね」


名前は確か王元姫ちゃんだったか。
金髪色白でスタイルのいい、人気なんばーわんの女の子。

昭くんだって端正な顔で体格もいい、人気なんばーわんの男の子だ。
誰もが羨むような理想の恋人なんだろう。


「……いるけど。違う」
「?」


ますます不満げな表情をした彼を見る。

大体私なんかに構って昭くんは楽しいのだろうか。
もしかして罰ゲームか何かでここに来ているのではないのだろうか。


「そもそも何だよ可愛い子って」
「え?」
「お前だってじ…、……」


勢いよく言い出した癖にすぐ詰まった。
ふらふらと視線が泳ぎ、顔ごと背ける。

後ろに体重を戻すと、がしゃんと椅子が鳴った。
壊さないでほしいなあと思いながら私は本に目を戻す。

めんどくせと頭を掻き毟ったのが見えた。


「じ?」
「何でもねぇ」
「ふうん」
「そもそも元姫とは親が勝手にだな」
「ふうん」
「策略婚?ってやつ狙って……お前聞いてないだろ」


私が何も言わないので、彼は大きく息をついて肩を落とした。
理由はよくわからないけど、何か落ち込ませるようなことを言っただろうか。

まぁ、全くもって構わない。


日が傾き、部室に差し込む夕日が鬱陶しくなってきた。
カーテンを閉めようと本を閉じ、立ち上がる。


「ああ、そうだ」
「ん?」


しゃーっ、と小気味いい音と共に夕日を遮ってから、昭くんに言った。

秋は夕暮れ、なんて。
確かに赤い光にぼんやり照らされたかっこいい男の子はいとをかし、かもしれない。
まぁ彼なら何をしても絵になるし何があってもかっこいいんだろう。


「私、文芸部やめようと思ってるの」
「え」
「でもね、コンクールに応募はしたいから書くのは続けようと思ってるの」


ぽとりと彼が落とした文芸誌を拾うためにしゃがみ込む。

なんだか立つのも煩わしくて、そのまま言った。


「でね、恋愛物が書きたいんだけど」


私は恋をしたことがない。

小学生の頃、運動ができて面白い男の子を好きだと思ったことはある。
でもやっぱりそれは幼い頃の記憶にすぎないと思う。

触れあいたいとか、親しくなりたいとか、そんな感情を抱いたことはなくて。
どんなものかすら分からない。

だから、


「昭くん、私に恋愛を教えてくれないかな」


経験豊富な彼に頼むしかない、と。
そう思ったのだ。


ぽかんと頭上に口を開けた昭くんがいる。
その耳が徐々に夕日のせいでない赤に染まっていくのを見て、何か間違えたかなと私は首を傾げた。








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