三國無双

□交差点
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「じょりじょりだー!」


徐庶の無精髭を撫で付けきゃっきゃ、とはしゃぐ幼女。
出会ってから長くないというのに、どうやら人見知りをしない性格のようだ。


「元直、孔明兄様とちがう!」
「え?…ああ、」


そうだね、と髪を梳くように撫でてやれば、嬉しそうに目を細めた。
そしてまた徐庶に擦り寄る。


身寄りのなくなった名無しさんを諸葛亮が引き取ったのはつい最近のことだ。

二桁にも届かない年齢の彼女。
ちょこちょこと建物をうろついたり、誰かの後ろをついて回ったりと可愛らしいと評判だった。

可愛Vらしい’ではなく、どうやら容姿も恵まれている。

兄に似た、しかし女らしさのある切れ長で二重瞼の目。
幼いながらに通った鼻筋や、形のいい唇も。
よく手入れされた黒髪も一段と美しい。

きっと、成長すれば名の立つ三国美女となるだろう。


そんな名無しさんが先ほどから徐庶の傍を離れようとしなかった。


「名無しさん、ええと…その、お兄さんの所じゃなくていいのかい?」
「え?」


無精髭を撫でて楽しそうにしている。
珍しい感触が面白いのだろう。


「いいの。元直がいい」


年齢の割に滑舌のしっかりした声が拗ねたように告げた。
目を合わせると、黒目がちのそれはしっかりと徐庶を捕らえている。

襟を掴む手や、摺り寄せられた体。
子供の高い体温は彼の眠気を誘った。


「…」


ふと視界の端に何かが映る。

それが何なのかを理解した途端、背筋が冷たくなった。
眠気が吹き飛ぶ。

――諸葛亮。

穏やかな笑みを浮かべた彼が柱の陰から徐庶を見つめている。


「元直、きいてる?」
「あ、ああ…聞いてるよ」


その目の奥に暗いものが見えた気がして、彼は名無しさんから離れようとした。

何を隠そう、諸葛亮の彼女に対する思い入れは強すぎるのである。

現に先ほど名無しさんが寄せた頬と逆側の空気を光線が切り裂いた。
諸葛亮を見たが、相も変わらず微笑んだまま。
その手の中の少々燻っている羽扇は見なかったことにしようと誓う。

後ろの柱からぱらぱらという音がした。
少々砕けたらしい。


「私ね、お嫁にいくなら元直がいいなぁ」
「――」


しかし彼の願いとは裏腹に、彼女は離れようとしなかった。

徐庶の脚を跨ぐように座る名無しさんが、彼の腕を抱き込みながら言う。
とても楽しそうに。嬉しそうに。

幼子にはよくある発言だが、頬が引き攣った。

いやその嬉しくないわけではない。
というかそれは勿論物凄く嬉しい、けど。

…ああ…。
名無しさんに対する兄の愛情の結果が、殺意に繋がらないように祈るしかなさそうだ。



「ちゅっ」


――それは失態だった。

後ろの諸葛亮を気にしすぎ、目の前の美幼女から意識を切り離していたこと。
その為、彼女の行動が予測できず、回避できなかった。

つまり、今名無しさんに口付けられたのは不可抗力で仕方のないことで俺は悪くない悪くない。
…と、思いたいなぁ。


後日の朝。
髭が燃やされたように焦げて消えていた。








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