三國無双

□雨で宿る
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「これ、あげる」
「ん?」


 無表情の名無しさんに手渡されたのは、缶。ごく普通の、中庭にある自販機で売ってるような。


「じゃ」


 そう言うと彼女はひらひらと手を振ってどこかに行ってしまった。差し入れなんて珍しい。と首を傾げながらプルタブに指をかける。

 瞬間、視界が濡れた。











「…名無しさん見なかったか?」
「み、見てないよ。…それどうしたの?」
「いや…別に。どうも」


 適当に群がってる女子に声をかける。

 制服はさっきのジュースでべとべとに濡れてしまって、気持ちが悪い。放課後でよかった。いや、よくない。

 さっきの缶の中身は炭酸飲料だった。しかも糖分の多い、甘いジュース。これでもかとばかりに振られていたらしいそれは空けた瞬間弾けて、俺の顔に飛び散った。

 何か名無しさんが怒るようなことをしたのだろうか。と、心当たりを探る。

 別に悪口なんて言ってないいや言う訳がない、喧嘩した訳でもない、昨日だって一緒に帰ったし、無理矢理なことした覚えもない。…何もない。これといって特にいつも通りだ。

 …ハァ。


「めんどくせ…」


 糖分で随分とべたついた髪を払った。











 名無しさんは教室にも、中庭にもいなかった。図書室にも体育館にも、運動場にも。どうやらもう学校にはいないらしい。

 めんどくせぇとぼやきながら帰ろうと荷物をまとめる。


 …教室を出るとき、雨音が聞こえた。窓の外を見ると、ぽつぽつと降り出す、雨。


「…ツイてねぇ」


 ああ、マジでめんどくせぇ。傘なんて持ってないって。

 最悪だ。











「…あー」


 制服に広がる雨粒が冷たい。
 丁度いい。そのまま全部洗い流してくれ。

 無意識に頭を掻きながらずかずかと鞄を引っ下げ、歩く。


「ん?」


 校門を出ようとしたとき、見慣れた姿があった。
 
 黒い髪に、あの身長、立ち方。
 間違いない。名無しさんだ。

 名無しさんも同じように、傘のないまま突っ立っていた。ぽたりぽたりと雫が髪から、鞄から、制服から滴る。
 おい、絶対風邪引くだろあれ。


「名無しさん」


 声をかけると、驚いたように俺の方を振り向いた。しとどに濡れた前髪からひたひたとまた滴が飛び散る。


「風邪引くぞ」
「…そっちこそ」


 そう言うと名無しさん小走りで駆け寄り、俺の腕を取った。


「お?」
「行こ」


 驚いた。普段は絶対にこんなことしないのに。というかあり得ない。初めてだ。まさか、…いや。ラッキー。

 ずかずかと進む名無しさん。
 雨がなんだか、温かかった。





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