三國無双

□日に火に
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「っ」


後ろから腕が回されて、それは陸遜を抱き寄せるように絡め取って引き寄せた。
柔らかい体が押し付けられる。


「おはよう、陸遜」
「…お、はよう、ございます」


 耳元でくすくす笑う名無しさんに、陸遜は赤くなった顔を左下へ逸らした。


「ふふ、今日も可愛い」


 彼を抱き締めながら、その栗色の髪を撫でる名無しさん。

 陸遜を可愛い可愛いと愛でるこの行為は毎日のように行われていた。
 周りの者はもう慣れたもので、何も言わずに呆れ顔ですれ違っていく。

 彼にとってはどうにも腑に落ちないのだが、いつも流れるように言い包められてしまうのでもう反論さえしないようなっていた。

 可愛いと言われても、褒められている気がしない。男にとってその形容詞は侮辱にも近いものを感じる。
 情けなさげで頼りなく弱弱しく見えるのかと、一時期本気で落ち込んだときもあった。

 が、しばらくして名無しさんにそんなつもりはないということを理解した。
 そして妥協し、敗北した。


「…ハァ」


 寧ろ可愛いのは貴女です。なんて、言えない。いや、可愛いよりは美しいが似合うか。

 …、何を考えているんだ自分は。


「……ハァ」


 無意識のうちに溜息をついていた。


「…そんなに嫌?」


 するりと、腕が解けた。


「ごめんなさい、私、」


 振り返ると、予想以上に悲しそうな顔をした名無しさんがいた。さっきの溜息を呆れや鬱陶しがっているように受け取ったのだろう。
 俯いたまま再度ごめんなさいと呟いて、彼女は踵を返した。


「違、待っ…!」
「きゃ」


 立ち去ろうとしたその手首を、掴んでいた。
 これも、無意識。

 しまった、と思う。

 どう、誤解を解けばいい?
 この手はどうすればいい?
 どんな顔を、すればいい?

 その後は、一体どうする?

 絶え間なく回り続ける思考。
 それらが纏まる前にやってやれ、と思った。


「あのっ!」


 加減もよくわからないままその手を引いて、後ずさってきた体を受け止める。
 そして、先程と逆転。自分よりは小柄な体を、後ろから抱き締めた。

 腕の中に閉じ込めるように拘束して、肩辺りに顔を寄せる。
 名無しさんは硬直したまま動かなかった。


「…す、すみません」
「びっくり、した…」


 囁くように言った名無しさんの耳が赤いことに気付く。自分の中にできた余裕を逃さないうちに、陸遜は告げた。

 言った。思っていたことも、さっきのことも。全部。

 名無しさんは時折頷きながら、黙って聞いていた。


「…そう。わかった」


 そして、彼の腕に触れて言う。


「明日からはこう言うわ」
「っ、」


 くるりと体を反転させたかと思うと、驚いた陸遜に口付けた。

 固まった彼の首に抱き着いて、耳元に口を寄せる。


「好きよ、陸遜」










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