戦国無双

□甘味
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「ああああああ!!!名無しさんの水あめー!!!」


家中に、幼子の甲高い声が響き渡った。


「ばか!孫!それ!名無しさんの!ばかー!」


声の主は孫市に駆け寄り、ぽかぽかとその胸を叩く。
その嘆きの元凶である彼は悪い悪いとあやす様に頭を撫でた。

名無しさんはガラシャよりもずっと幼い。
幼子に好かれるのは、政宗やガラシャなどの問題児を何人もあやしてきた孫市にはもう慣れっこだった。


「…ぜったい悪いって思ってない」
「思ってるって。あとで買ってやるから」


言いながら左手の瓶を一瞥する。
腹が減って、つい一舐めしたのがまずかった。

水飴なんて少年の頃以来で。
おおー、なんて感動している内に一口二口と舐めきってしまった。

といっても小さな瓶に半分ほどしか入っておらず、そこまで大した量ではない。
しかし幼い名無しさんにとっては大事なものだったのだろう。


「今ほしいの。おさんぽ帰ってきたら食べようと思ってたんだから」


肌理細やかな頬を膨らませて見上げてくる名無しさん。

母親に似れば相当な美人に成長するだろう。
もうその彼女はこの世にいないが。

しょうがねぇなぁ、とぼやきながら、瓶の底に申し訳程度残ったそれを指で掬って差し出した。
まー絶対文句言われてそっぽ向かれるんだろうな、などと思いながら。


「ほら」
「…すくないー」
「ったく、わかったよ。夜飯食ったら買い、に…ッ!?」


ぞわ、とした。

散歩をしてきた、と言っていた。
心なしか血行の良くなった体は嫌に熱かった。
水飴を舐め取る舌も。

ぬるりと滑るように、ざらついたそれを指に這わせる。

両手で孫市の手を掴み、目を伏せた。

粘ついた飴は中々拭われてくれない。
ちゅう、と吸うと、横からべろりと舐め上げた。


「ッ、名無しさん、待っ…あー」


背筋が震える。
心地いい寒気のような、快感が駆け上がった。

指の輪郭をなぞる様に舐めて、吸って、しゃぶり尽くす。

名無しさんの、やけに長い睫毛が震えた。

ちらりと目線を上げる。
先ほど喚いたせいで、ひどく潤んでいた。


「…どこで覚えてきたんだよ…」


やがてぷは、と名無しさんが口を離す。
口と指に透明な糸が引き、すぐに消えた。


「甘ぁい」


ふにゃりと名無しさんが笑う。

はっとした。


「っ、……あーまた後でな」
「うん!またねー」


自分が別れの言葉を言ってすぐ、後ろを向いた。

心臓がうるさい。
耳が熱い。

ありえない。

軽く伏せた目や、舐めて吸ったときの舌。
終いには銜えたまま見上げてきた。

あれらが天然物であるというのだろうか。

なんて、残酷で最高な…


「あー…」


いやいや。

俺に幼女趣味はない。
あと…そうだな、最低でも8年……いや、10年かな。

…ハァ。
何考えてんだか。

項垂れ、額に手を当てながら、小銭はあったかなと懐を探った。











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