ときメモGS2

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窓から冷たい風が入ってくる。


カチ、と固い音がした。



「いつから吸ってるの?」
「覚えてません」



窓辺に佇む美奈子の唇を目で追う。


布団から出ると、寒さで肩が震えた。



「先生吸わないでしょ?」
「ん?……まぁ」



自然な動作で煙草を渡される。


紫煙の立ち上るそれに口付けて、吸い込んだ。

物が燃えた時の焦げ臭い匂いと、苦く渋い空気が口の中に広がる。


美奈子にそれを返すと、彼女は笑っていた。



「へた」



一度口に入れた煙を、もう一度吸って肺に入れるらしい。
よくわからない。


美奈子は煙草を消し、若王子を残して服を拾った。



「先生、また、飲みに行きましょね」
「……」



上着を羽織り、鞄を肩にかけると、美奈子は笑って若王子を見下ろした。

帰ります、と笑顔で言う。



「楽しかったです」
「……うん」



踵を返す彼女をぼんやり見つめる。


ああ、デジャヴだ。と若王子は思った。

あの日もそうだ。
自宅に帰っていく美奈子を見ながら、思考が止まる感覚を覚えていた。
自分の欲求を押し込んで、無理矢理止めていた。

立場とか、世間体とか、理性とか欲求とか全部全部放棄して、見ないふりをした。


……。


何だか無性に、腹が立つ。



「待って」
「きゃ」



考える前に動いていた。

靴を履こうとする美奈子の腕を掴んで、引き寄せる。
顔を見ないように、見られないように、抱き締めた。



「先生?」
「……ダメです」
「え?」



抵抗もしない彼女の髪に、告げる。



「先生、」
「違う」



何も聞きたくなかった。

否定も肯定も耳に入れないように、すぐに続ける。



「君は、……多分もう、僕と会わない」



美奈子は何も言わなかった。

苛立ちを出さないように、ふつふつと煮えくり返るものを口元で留める。



「きっと、すぐに立ち直って、別の人と恋をする。今日のことなんてせいぜい、青春時代の憧れの人と綺麗な思い出を作って楽しかったな、くらいの記憶になる」



そこでやっと、美奈子に込めた力を抜いた。

痛いくらい抱き締めた腕を解く。


彼女の背中に縋るように、もう一度呟いた。



「僕を踏み台にしないでください」



そう言うと、冷たさと静寂に包まれる。


苛々がすっと冷えて、自分の発言を反芻した。


ああ。
自分はこの娘がどうしようもなく好きだったのだと思い知る。


思いがけない再会も、最低な行動も、情けない言葉も、



「……ふふ」



美奈子の笑い声がかき消した。



「ばれた?ふふ、ふふふ」



若王子を背に、彼女は乾いた笑いを浮かべた。



「利用、してみたかったの」



笑い声は泣きそうで、壊れそうな背中を彼に預けて、美奈子は俯いて話す。


若王子は彼女の髪に顔を埋めた。



「わたしね、散々利用されて、挙句に捨てられて、縋ってもかなわなくて。……だから、1回だけ、利用する側の気持ち、知ってみたくて」



どんどん水っぽくなる声色。



「……でも、無理だった。……これ以上いたらわたし、また先生のこと好きになっちゃうから」



詰まりながら、搾り出すように話す美奈子。

うん、と返すと、震えた吐息が漏れた。



「どうせ、また、飽きたら捨てられて、その人はまた新しくて自分よりずっと良い人と幸せになって……。だったらもう、期待なんてしないほうが傷つかなくて済むから……!」



恋愛は脳内物質の作用だと彼女に言ったのはいつだっただろうか。

原理はわかっているのに、どうしてこうも複雑になるのかわからない。



「だから、だから最後に、」
「あのね、小波さん」



逆に言えば、だ。

いくら複雑であっても、どんな過程を通っても、結局選択肢は一つなのだ、と。



「……はい」
「僕は君よりずっと大人だよ。青い青い」



耳元で言うと、美奈子の肩がはねた。



「君がどんな人間かなんてわかってる」



いくら着飾っても、どこへ行っても、人は変われないことは知っていた。

目を背けても、自分の願望と逆方向に進むだけ。



「君はね、新しい不安定な環境で初めて知らないことに出会って、周りが見えなくなっただけだよ。
落ち着いて、いつも通り考えればいいんだから。期待に応えようなんて必死にならなくてもいい」



すん、と美奈子が鼻をすすった。

若王子の腕に手をかけて、頷く。



「僕と恋愛しない?」



瞬間、振り返った彼女に抱きつかれた。

その頭をぽんぽんと撫でながら、おかえり、と声を出さず呟く。












「あれ、煙草やめたの?」
「死にたくなくなった」









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