ときメモGS2
□これくらいが楽しいよねって話
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エプロンを脱いだ佐伯が頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「はー」
洗い物を済ませた美奈子がそれを見て笑う。
げんなりした顔で溜息をつく彼に、余ったコーヒーを差し出した。
「お疲れさま」
「ああ……」
スコーンを齧りながら聞く。
「何かあった?」
「いや……」
机に突っ伏しながら佐伯が苦い顔をした。
「お前さ、ちょっとは断れよ?」
「……ああ、お客さん?」
美奈子も向かいの席に座る。
賄い代わりのコーヒーに口をつけた。
「でも、来なくなったら困るでしょ」
「ウチはそういう店じゃないんでとかさ……色々あるだろ」
話題は、最近の客についてだった。
佐伯が女性客に受けるのと同じように、美奈子も男性客にまた好かれ始めている。
店としては客数も増えて万々歳なのだが、アドレスを渡されたり、スタッフを越えた対応を求められることも多い。
「ああいうのは切った方が逆に客層良くなって常連増えんの」
「流石だね」
ふわふわとかわされて、佐伯はまた苦い顔で溜息をついた。
きっと美奈子は店の為にやめないだろう。
着信音。
画面を見た美奈子がちらりと佐伯を見る。
「……」
「貸せ」
ぶっきらぼうに手を出す。
「消してやる」
うー、と唸って、美奈子が携帯を出した。
引っ手繰るように受け取ると、アドレス一覧とメールフォルダを開く。
数え切れない着信と、メールの数。
「おい。多すぎ」
「お礼の連絡だけでもって……ごめん」
確かに送信フォルダには美奈子の当たり障りのない返事が並んでいる。
来店のお礼や、おすすめメニューの紹介。
もはや自動送信のメルマガだ。
下心も悪意もないお人よしもここまでくると尊敬だった。
「飯とか行ってないよな?」
「それは流石にないよ」
すんなり携帯を渡したところを見ると、本当のようだ。
しかし勿論佐伯としてはおもしろくない。
「ハァ……」
一通り消し終えて机に置くと、電子曲が鳴った。
手に取ると、画面には針谷の文字。
「針谷だ」
「あ、うん」
焦った風でもない美奈子。
それが日常であると嫌でもわかる反応。
「返して?」
「……」
首を傾げる美奈子に、無意識に渡しそうになって手を引っ込める。
「あの」
「ヤダ」
鳴り続ける音。
BGMも消えた静かな店内に虚しく響く。
「佐伯くん」
「……はいはい」
少しばかり眉を下げた美奈子に負けた。
これ以上粘っても怪しまれる。
「もしもし?……ああうん、オッス。どうしたの?」
佐伯はまた髪をぐしゃりと掻いた。
「うん。バイト終わったとこ」
美奈子はいつも通りの声色で答える。
針谷とも同じような、佐伯と同じような仲なのだとそれだけでわかる。
そういう女だった。
「え?日曜?」
「……」
佐伯の眉がぴくっと動いた。
美奈子がそれを見て肩を上げる。
ちょいちょい、と手招きされて、彼の顔を見た。
「……あ、ちょ、ちょっと待ってね」
佐伯の口が動く。
こ、と、わ、れ。
え、という顔をして、美奈子が瞬きした。
こ、と、わ、れ。
もう一度彼の口が動き、今度は立ち上がって彼女の目の前に立ちはだかった。
照明が遮られて、逆光の佐伯がずいっと顔を寄せてくる。
「……え、ええと、ごめん、その日はちょっと」
反射的に美奈子が言った。
ぼんやりしているが、ある程度察しがいい。
「う、うん、ごめんね」
でも、隠す力はあまりない。
思い切り震えた声色。
「っ……え?だ、大丈夫!ちょっと疲れちゃって」
佐伯がしゃがんで美奈子と目線を合わせると、両手で頬を引っ張った。
むにむにとよく伸びる。
「い、いひゃ……ま、また学校で!おやすみ」
通話を切り、じとりと恨めしそうな顔で佐伯を見上げる。
「……佐伯くん」
「貸せ。針谷のも消すから」
「ヤダ」
携帯を抱き締めるように彼から遠ざけた。
「……日曜」
「え?」
「日曜買出し付き合え」
「……」
目を細めて、疑わしそうに見つめる。
なんだよ、と佐伯は逆に唇を尖らせた。
「何買うの?」
「……考えとく」
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