ときメモGS2

□都合のいい男たち
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お化け屋敷の出口のドアを抜けると、日光で目がチカチカした。



「……全ッ然怖くねぇし……全然……」



隣で針谷くんがずーっと呟いている。

びっくり要素がくる度に叫んでた癖に。
流石バンドのボーカルだ。
声量がすごくて、中盤お化け役のスタッフさんの方がビクってしてた。

わたしもちゃんと怖かったけど、先に驚かれて全部吸い取られてしまう。
どっちかというと驚く針谷くんの声の方が怖い。


通路を足早に歩いていく彼の腕を掴んだ。



「おァあッ!?」



耳が痛い……もう。

歩くの速いよ、って言ったらやっと歩幅を合わせてくれた。



「怖いけど、一緒だと楽しいね!」
「そ……そうだな!いやっ、オレは怖くなかったし!ハハハ!」
「……正直になろう?」
「怖かった!!悪ィかよ!」



がっくりと項垂れて溜息をつく針谷くん。
よろしい。

退路を抜けて広場に出て、適当なベンチに腰掛けた。



「情けね〜……あ゛〜」



彼は頭を抱えて、誰が見てもわかりやすく落ち込んでいた。

強がりがちな針谷くんが弱点に素直になっている。
ホントに悩んでるみたいだ。



「どうすりゃ怖くなくなんだよ……」
「慣れるしかないんじゃないかな」
「慣れ……」
「ほら、アニメでもドラマでもパターンってあるじゃない?お決まりみたいな」
「あー?あぁ……」



例えば朝遅刻ギリギリで走っていたらパンを咥えた美少女とぶつかって、その子が実は転校生で隣の席になっちゃった、とか。
お金持ちの偉そうな男の子に興味のない女の子が逆におもしれー女として気に入られちゃう、とか。
バトルものでボスを倒したと思ったら姿が変わってパワーアップしちゃった、とか。
最初はそんな展開にびっくりしたりドキドキしたりするけど、何回か見かけたらああまたこれかって次が予想できるようになってしまう。

さっきまで入っていたお化け屋敷だってそうだ。
そもそもあれは有名な作品が元になってできたアトラクションだから……そうだ。




「思いついた。ホラー映画見ようよ」
「バッカ誰があんなモン」
「ニガコク?っていうのやってるみたいだけど、やっぱり体験しなきゃ克服できないよ……そうだ、志波くん呼んで。どう?」
「却下!」



即答だ。



「針谷くんが平気になったら今度は志波くんを空中庭園に連れてく」
「おっ!……いや、却下」



……可能性を見出した。
乗せてみようかな。



「苦手なものが1つなくなったら素敵だと思うけどなぁ」
「……」



残念そうに言ってみる。
反応無し。



「志波くんの幼馴染の先輩、ホラー映画に詳しいんだって」
「……」



志波くん、という名前をすこーしだけ強調してみる。

苦そうな顔になってきた。



「あ……でも押し付けはよくないよね。ごめん」
「……」



引いてみる。

針谷くんの表情がぴくぴくし始めた。



「わたし1人で志波くんと見てくるよ」
「……」



眉間に皺が寄る。

あ、いけそう。



「ちょうど夏休みだしお家に集まって夜更かししたら楽しいと思うんだ」
「……あ〜……」



そうだそうしよう、って呟きながら携帯を取り出した。
電話帳から志波くんの名前を探して、電話してみるねと彼に背を向ける。

おいでおいで。



「あ゛ーッもう!待て」



腕を掴まれた。
耳に当てようとした携帯が離される。



「見りゃいいんだろ見りゃあ!ホラーでもなんでもオレ様が……あ〜、と」



失速しだす針谷くん。
口ごもって、じと〜っとわたしを見た。



「……」
「……」
「やったね!」
「オマエな」



携帯を取り上げられた。

頬っぺたを摘まれる。



「いたいいたいいたい!もう!」
「あ、いででで」



全く同じように仕返すと、ばからしくなってお互いぱっと離れた。
2人して自分の顔をさする。

呆れなのか諦めなのか決意なのかわからない大きな溜息を吐いた針谷くんが立ち上がって叫んだ。



「ジェットコースター行くぞ!ついてこい!」
「はーい」













次の日曜日。

もうすっかり暑い。
薄い長袖のパーカーにデニムのショートパンツで来たけど、もう半袖かノースリーブでいいかもしれない。



「借りてきたぞ」
「差し入れ買ってきたよ」
「ハイハイどーもな……サンキュウ」



すごく嫌そうな顔をしながらもちゃんとお礼を言う針谷くんに迎えられて、お部屋へ上がらせてもらう。

志波くんが持ってきた紙袋をひっくり返して、その山を見ながら彼はまたうへぇと声を漏らした。
先輩に借りてきたと言うビデオたちはどれもこれもパッケージから「ホラー映画ですよ〜」という声が聞こえてきそう。
暗い背景に赤い文字、正面で恐怖の表情を浮かべる人物。その後ろに佇む異形のなにか。
ああ、怖そう!



「なぁ……マジで見んだよな」



針谷くんは救いを求めるような視線をわたしたちに向けてくる。



「クッ」
「笑うな志波ァ!」



吹き出した志波くんに指を突きつけて立ち上がると、部屋のドアを勢いよく開けて外に飛び出していった。



「トイレ!!」



後から聞こえる大きな声。

先に行っておくとかそういうことだろうか。
かしこい。



「ガキみてぇ……」



笑いを噛み殺したような抑えた声で志波くんが言う。
楽しそうだね。

家主のいなくなった部屋でビデオの山を見つめる。



「名作揃いだ。どれにしようかな。何か言ってた?」
「ああ……最初は洋画の方がいいんじゃねぇかって」
「ふんふん」



タイトルを見てみると、わたしでも知っているようなメジャーなものが多かった。
地上波でたまにやってたりするような、ちょっと昔のだけど確かな人気のあるヤツ、って感じ。

確かに日本のホラーってどこかじめっとしてる怖さがある。気づいたら後ろにいる、とか。間接的に呪い殺す、みたいな。
海外のはこう……物理的にバーン!ドーン!っていうイメージがあるなぁ。アクションシーンがいっぱいあったりして。

そうなるととりあえず幽霊っぽいものに慣れてもらうには日本のは怖すぎるかな。



「おまえは怖くないのか?」
「怖いよ!針谷くんがわたしより先に怖がるから」



からかうように笑われる。
志波くんは割とお化け屋敷でもケロッとしてるタイプだし、真顔で冗談言って怖がらせてくるから平気なんだろうな。

わたしだってちゃんと怖いけど、目の前でもっと怖がられるとこう……スンッてなるというか。先に叫ばれるとそっちに驚いてしまう。



「志波くんがお化けに怖がってるとこ想像できないね」
「そうか?」



パッケージの裏の説明を流し見しながら話す。

……あ、これこの前イベントやってた映画だ。
なんだかんだ行けなかったけど。



「これにしよう!有名だけどちゃんと観たことないや」
「ああ……タイトルは知ってる」
「この前ショッピングモールでイベントやってたんだよ」
「へぇ。……誘われてないぞ」
「え?」
「冗談」



……次は誘ってみよう。

ビデオをデッキに差し込んで、最初の画面で一時停止させた。
針谷くん遅いねって言おうとして振り返ったら、志波くんもドアの方を見ていた。



「針谷。早く来い」
「……バレてたか」
「おまえはここだ」
「引っ張んな!つかド真ん前かよ!絶対ェ嫌だ!」
「3人仲良く並ぶか?……くっだらねぇ……」



ぎゃあぎゃあ騒ぐ針谷くんをテレビの正面に座らせて、再生ボタンを押した。
ついでに部屋の電気を消す。
わたしと志波くんはそのちょっと後ろに並んで座った。



「志波ァ!」
「なんだ」
「来週はオマエを空中庭園に連れてく!今のうちだかんな」
「……聞いてないぞ」
「お?怖ェのか?嫌だって言ってもぁあああ゛もうなんかいた!!いたよな!?」
「……声デケェ……」



楽しい……。

わたしは後ろで、買ってきたお菓子の封を開けた。

さあ、見るぞ〜。











「う゛ッ」
「わ」
「……」
「あ゛ー!」
「おぉ」
「……」



1本目の半分。



「っっっ!!」
「びっくりした」
「……」
「おぁ!?」
「わぁ」
「……」



1本目が終わって、2本目に突入。



「ヒィ……!」
「……針谷の声しか聞こえねぇ」
「ここまで反応してもらえたら作った人たち喜ぶね」



2本目の終わりあたりで、針谷くんが露骨にぐったりし始めた。

反応が鈍くなって声も上げなくなってきている。



「……なんか麻痺してきた……慣れてきたか?ハハハ……」



上の空な声色だ。



「慣れっていうか」
「……疲れだろ」
「ね」



志波くんはというと欠伸し始めていた。
胡座で頬杖をつきながらいつもの様子で画面を眺めている。

……面白いなぁ。










2本目終わり。

針谷くんがガバッと立ち上がって部屋の電気を点けた。



「休憩!」



テスト終わりみたいな雰囲気だ。

わたしも腕と背中を伸ばす。



「面白かったね。所々台詞聞こえなかったけど」
「ああ。凝ってたな」



なかなか面白かった。
怖い部分はもちろん怖かったけど、ちゃんとお話があってアクションもあって……みたいな。
特殊メイクとか背景のセットとかも凄いなーって感じ。



「美奈子、茶淹れっから手伝え!」
「はーい」
「志波、次のヤツ選んどけ!最後な」
「ああ……」



針谷くんに連れられて台所へお邪魔する。

手伝えとか言われたけどわたしは後ろで見てるだけだった。
ちゃちゃっと彼が全部やってくれる。



「さっきの、曲スゲェ良かったよな」
「うん?」



背中を向けたままぽつっと言われた。



「ラストで主人公がアレ倒す時のBGM?ギターのソロがスゲェカッコよかった」
「あ、わかる。テンポよかった」
「あと最初に見たヤツの追いかけられてる時の音、バイオリンってあんな感じになるんだな」
「そうなの?へぇ、あれバイオリンなんだ」



職業病みたいな着眼点だ。
わたしはストーリーを追ってただけなのに。



「……意外とイケるようになってきた、かもしんねェ」



首を傾げながらしみじみ言う針谷くんに感動した。
苦手な何かでも、ちゃんと得意分野に繋げた見方ができるってすごい。

つい横に並んで彼を見上げる。



「針谷く……ハリー!」
「うお!?」
「すごいね!克服したかも!」
「……おぉ……?」



その手を取ってぶんぶんと振った。










お茶を持った針谷くんについてお部屋へ戻ると、変わらない体制の志波くんが眠そうにしていた。



「次どれだ?」
「日本のヤツ」
「うッ……」



見せられたパッケージを見てついに来たか、とわたしも身構える。

さっきの2本はけっこうアクション寄りだったけど、アレって確か伝説級の……。
色んな映画がパロディしたり幽霊のキャラが野球の始球式に出てたりするヤツ……!!

だ、大丈夫かな?


熱いお茶を冷ましながら後ろに座った。



「のぁあ゛ー!!やっぱ無理!布団の中は反則だろ無理無理無理無理!!無理!」



ダメっぽい。
普通にわたしも怖い。



「……志波くーん」
「早かったか」



志波くんだけは眠気が飛んだらしく、楽しそうに喉を鳴らして笑っていた。

意地悪だなぁ。










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