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□もし自分が教師でキャラが生徒だったら
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ぴんぽん。
呼び鈴を鳴らしても、返事はない。
「すみませーん。七瀬くーん」
しんとした静寂だけが応えてきて、名無しさんは肩を落とした。
高校教師である名無しさんが常に開いている裏口の存在を知るわけもない。
はぁ、と溜息をひとつ、踵を返した。
と。
「わっ、」
「きゃっ!」
俯いた視界にはうつらなかった、背の高くがっしりした身体にぶつかり跳ね返されて名無しさんは蹌踉ける。
「――、ひ」
「危な……ッ」
喉が鳴り、思わず目を瞑った名無しさんの腕をその相手は掴み、自分の方に引き寄せた。
間一髪。
2人はぁー、と大きく息を吐く。
「ごめんなさ、……あれ?橘くんです?」
「え?……名無しさん先生!?」
「はい。七瀬くんは不在みたいなので帰りますね」
「……あー、えっと、……ちょっと待っててください」
言うやいなや真琴は庭をまわって裏口へ向かった。
いつも通り開けっ放しの戸を開け、風呂に電気がついていることを確認してから玄関へ急ぐ。
そしてドアを開けた瞬間の名無しさんの表情に苦笑した。
「……橘くん、七瀬くんの彼女さんみたいですね」
「あはは、それは初めて言われましたよ」
「いらっしゃったんですか?」
「はい。また風呂に入ってたみたいで」
「……お風呂?」
「あいつ水が恋人なんです」
☆
「プリントなら俺が持っていったのに。わざわざすみません」
「いえいえ、私も把握してなくて。勉強不足でした」
真琴が遙の頭にタオルをかけながら頭を下げる。
受け取って面倒そうに拭き始める遙は顔をプイッと逸らしてしまった。
しかし。
「……!?」
はっ、と顔を上げ、きょろきょろと周りを見た後に名無しさんを凝視した。
そして、どうかしましたかと首を傾げる彼女に近付いていく。
ハル?と呆ける真琴。
「……え、っと?」
そして遂に遙の身体が名無しさんに乗り上げそうになるくらい接近した。
顔を近付け、すんすんと鼻を鳴らす。
真琴が驚いた顔で固まってしまった。
青がかった目が名無しさんを捉え、離さない。
そして、滑り落ちたタオルに目もくれずに遙が名無しさんの髪を一房掬った。
畳に座ったまま上体だけ後ずさろうとした名無しさんが腹筋に限界を迎えたのか、正座したまま後ろ向きに倒れる。
遙はその上に乗り上げて、名無しさんの腿を跨ぐように覆い被さって更に顔を近付けた。
……やがて身体を支えていた腕も崩れ、名無しさんは完全に畳に倒される。
「ち、ちょっと!ハル!?」
「…………がする」
「え?」
やっと動いた真琴が遙を止めようとして、しかし聞き取れなかった言葉を待つ。
「塩素の……プールの匂い」
そう言って、遙はまた黙って鼻を鳴らしていた。
まるで、いや、まさに犬。
せめてもの救いか、水槽を前にした時のように脱ぎ出す気配はない。
「鼻、いいんですね。住んでるマンションにプールがあって。暑かったので泳いできたんです」
うふふ、とおっとりしたいつもの口調で笑う名無しさんに、真琴は眉を下げた。
☆
「先生も嫌がってください……」
「え?何かあるんですか?」
「先生……」
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