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□もし自分もキャラも教師だったら
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「……はぁ」



 暑い。

 張り付くワイシャツを引き剥がしながら名無しさんは更衣室を抜ける。

 塩素の匂い、水の音。
 ぬるく湿った空気を振り払うと、そこには。



「……いた」



 ぷかぷかと水に浮かぶ彼がいた。



「七瀬先生!」



 声をかけると、遙が閉じていた目を開く。

 名無しさんはプールサイドにまで近付いて、しゃがみこんで声をかけた。



「行きますよ、七瀬先生」
「めんどくさい」
「私が怒られます」
「怒られればいい」
「よくないです!」



 たまにある職員会議。
 遙は忘れがちであり、その度に下っ端である新任の名無しさんが迎えに行く役を務めている。

 そして困るのはこの夏。
 
 遙はプール好きで有名だ。
 そして殆ど毎日こうして水泳部の隣で水と戯れている。

 会議など放って。


 言うことを聞く気配のない遙にあきれ顔で名無しさんが頬杖をつく。
 プールサイドは蒸し暑い。
 


「全く……そんなに水に浸かりたいなら体育教師になればよかったのに」
「うるさい」
「何がそんなに楽しいんですか」
「…………お前も入ってみろ」
「嫌ですってぎゃぁあッ!?」



 いつの間にか目の前まで来ていた遙が名無しさんの腕を掴み、なんとそのまま水の中へ引きずり込んだ。

 日光でぬるくなった水がワイシャツやスーツを濡らす。
 ふわふわと髪や服が漂う感覚。


 しばらく沈んでいた名無しさんが怒濤の表情で遙に詰め寄った。



「ぷはっ、……何するんですか!水が汚れます!」
「脱げばいいだろ」
「ひゃ、……!!」


 
 遠慮もなく脱がそうとしてくる男を全力で押し返しつつ、睨み見上げる。



「セクハラです」
「勝手に言え」
「そんなことより職員会議……」
「めんどくさい」
「……あのですね」
「…………」
「……先生?」



 ふと、遙が固まった。

 視線の先には名無しさんしかいない。



「悪い、そんなに透けると思わなかった」
「……!」
「水色か……いいな」
「……!!」



 ばっと見下ろすと、反射のせいで歪んだ自分の身体。
 見事にワイシャツは透けている。

 浮かぶ罵詈雑言も羞恥の前に溺れ、出てこない。 


 呆けているうちに遙は涼しい顔でサイドにあがっていた。

 名無しさんも追いつこうとじゃぶじゃぶと歩くが、張り付く服が気持ち悪い。



「待ってください、服、重くて上がれな……っ」
「……」



 めんどくさいと言われそうだと思いながらも訴えると、暫く考え込んだ遙が手を差し出した。



「掴まれ」
「え、あ、はい――きゃっ」



 しっかり掴まれた手の力強さに驚いていると思い切り引き上げられ、水からは逃れたものの勢い余って遙に飛び込む。
 そして、自分を受け止めた身体が思ったより筋肉質なことに気付く。

 彼の肌と自分の服が擦れて、変な感じだと思った。
 滴る水は塩素の匂いがしていがいがする。



「……あ、ありがとうございます」
「良かっただろ」
「へ?」
「水」
「……」



 どうせすぐ引き剥がされると思っていたが、そのままだった。
 耳元で聞こえる声は心なしか弾んでいて、彼は本気で水が好きなんだと伝わってくる。

 確かに色々不本意ではあるが、暑さは解消された。



「……ちょっとだけ」
「そうか」
「!」



 視界に入った遙の表情に驚愕して見上げると、僅かに上がった口角は見間違いではない。



「……七瀬先生が笑っ…………ってそれより服どうすればいいんですか!?」









「何をしてきたんだお前達は」
「すみませんすみません申し訳ありませんんん」







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