GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□春祭り
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密集地帯を抜け、少し開けた広場に出た。

石造りの椅子があったので腰掛けると、遅れて美奈子も隣に並ぶ。



「好きなのですか?」
「何を」
「こちらの食べ物」
「…………別に。安いソースの味だ」



そうは言ったが相当好きである。

同級生と初めて来た時に、同じく初めて食べた。
安い粉に安いタコに安いソース。中はどろどろで焼けているのかわからないし、やけに熱い。
なのに、妙に食欲をそそられる。



「初めていただきますわ。熱っ」



彼女はその時の自分とまるっきり同じことをして、同じことを聞き、話す。

自分はあの時の同級生の立場にいるのだと気づいた。



「おいしい!」
「ふ」



……今生徒会長をしている彼も、だから同じように自分を笑ったのだろうか。
ここまで自分は、ぱぁっと顔を綻ばせた覚えはないが。

なんて考えていると、無意識に美奈子を見つめていたことを自覚して目を逸らした。

キラキラと目を輝かせながら彼女は言う。



「明日はこれの作り方を覚えますわ。決めました」
「そうですか。……言っておくが、うちで作っても同じ味にならないぞ」
「どうしてですの?」
「知らない。俺が知りたい」



ぶっきらぼうに答えたが、美奈子は笑ったままだった。



「そう聞くと俄然燃えてまいりました。わたくしが作ってさしあげたいですわ」
「は。できるならやってみろ」



お任せくださいまし、と不敵に唇を吊り上げる。
何故だか、本気でやってしまうんじゃないかと思うほどの自信のありようだった。

しかし、どうせできっこない、と期待はしないことにした。



残りを平らげると、近くにあったごみ箱へ容器を捨てる。



「おまえ、家では何してるんだ」
「お仕事をひたすら学んでおりますわ。もうお掃除もお洗濯も完璧ですのよ」
「へぇ」
「でもまだまだ覚えることが……あら?あれは何です?」



答えもそこそこに美奈子はふらりと歩き出した。

はぐれては帰れない。
設楽もそれを追いかけた。



立ち止まった店では、ぴーひょろろ、なんて間抜けな音を店主が奏でている。



「好き勝手動くな。俺は免許を持ってないんだ」
「可愛いですわ〜。こんな笛がありますのね」
「聞け」



おひとつくださいと美奈子は店主に向かって言いながらお金を渡すと、代わりに鳥型の笛を受け取った。中に水が入っている。


その後も次々あれは何これは何と聞いてくるので、いい加減設楽は面倒になって先を行く彼女の腕を引いて止めた。



「ああもう……帰るぞ」
「こんなに楽しいのに」
「祭りなら夏にもっと大きいのがある」
「えっ!?これよりも?」
「花火も上がる」
「はなび」



初めて聞いた単語のように拙く繰り返す。

楽しそうに笑った。



「わたくし行ってみたいです。楽しみですわ」
「だから帰るぞ」
「承知いたしました」



駐車場へと歩きながら、美奈子は手に持った笛に息を吹き込む。

ぴょろぴょろと、下手な高い音がした。







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