GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□きまぐれどんどこ
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休日。
友人と出掛けて帰宅した。

部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、見慣れない光景目にした。



「ん?」



何だあれは。



「ん、んんーっ」



美奈子が呻き声を上げながら、設楽の身長ほどの脚立の2段目に足を引っ掛けてモップを持った腕を伸ばし、窓の上枠の部分を掃除しようとしている。
ギリギリ届くか届かないかの瀬戸際をいく距離のようだ。
いつもああなのだろうか。
もう一段上がればいいのに。

実は背の高い脚立の使い方としては一番上の天板に乗ったり跨ったりするのではなく、今の美奈子のように身体と並行に設置して足を引っ掛けるやり方が正しい。
恐らく教えられた通りにそれを守っているのだろう。

……が、届かないのでは元も子もないと思ったのか、意を決したかのように片足を天板に上げた。

と、ほぼ同時に震える手足が危なっかしくてつい声をかけた設楽。



「届かないなら他のやつに任せればいいだろ」
「あ、聖司さま!おかえりなさ……あら?」



声に反応して勢いよく振り向く美奈子。

ぐらりと揺れる脚立。



「うわ、バカッ!」
「あらあら、あら……あっ!」



立て直そうとしてふらふらと上で動くと脚立の方は留まった。
が、不安定な中で完全に踏み外したらしい彼女はそのまま後ろ向きに落ちてくる。

スローモーションのように見えた……などと都合のいいことはなく。
まずいと思い、反射的に飛び出した。



「?」



来るであろう背中への衝撃と床の痛みを想像して目を瞑り縮こまった美奈子だったが、なんだか違う気がして瞼を開けた。

ふさふさのモップが床に転がり、埃を舞い上げている。



「……ゲホッ……埃っぽいんだよ」
「!!」



そして後ろから聞こえてきたのは設楽の咳だった。

床に尻餅をつく形で美奈子を受け止めた彼は安堵の息を吐く。



「打ってないか?」
「は、はい……」



呆然としてしまったが、はっと気づいて振り返る。

座り込んだ彼の前に膝をつく形で向き直り、上から下まで怪我がないか見回した。



「聖司さまこそご無事ですか!?特にゆ、指とか突いたり、折れたり、そのっ」
「ん?ああ……」



美奈子が設楽の手を取って、目の前で1本ずつ指を確認し始めた。

そうされて初めて、自分は珍しいことをしてしまったと気づく。
いつもなら手を最優先に考えてあれはしないこれはしないと拒否してきたのに。

彼女が落ちると思うと、何も考えないまま咄嗟に飛び出してしまったのである。



「……はは、バカは俺か」
「えっ?」
「何でもない」
「お怪我を?」
「だから大丈……」



心配そうな美奈子と目が合った。

今にも泣き出しそうな顔でおろおろとしていたが、無事が確認できたのかふっと力を抜く。



「よかった」
「……」



その無防備で安心しきった間抜けな表情を見て、つい握られていたままの手を掴み返した。



「ひぃあ!?」



大きさを確認するように触れて、指を絡める。
驚いて引こうとするので負けじと引っ張り返した。

女の指だ。
ほとんど筋が見えない、柔らかい手。
皮膚の感触も爪の形も全然違う。

親指で彼女の指を軽く撫でると、ぴくんと震える。
別の生き物のようだ。



「……ふぅん」
「あ、あの、聖司さま、はな離してくだださいましし」
「なんで」
「なん、何でって、指、手っ」



慌てふためく様子が面白い。
もっとからかってやろうかと手から顔に目線を移すと、真っ赤な顔で眉を下げているのが見えた。

きゅ、と彼女の喉奥で悲鳴に近い音が鳴ったのが聞こえる。



「心臓が破裂してしまいます……」



その被虐的な表情とか細い声に背中がぞくっと震える。
自分の口角が上がるのがわかった。



「はいはい」
「あっ……」



今にもショートしそうな様子に、仕方なく手を離してやる。

楽しい。



「も、申し訳ございませんでしたっ!以後、高所のお掃除には一層気をつけてまいりますので……!!」



燃えそうなほど赤い顔をした美奈子は手を勢いよく引き戻してばっと立ち上がり頭を丁寧に下げたあと、落ちていたモップと脚立を掴んで逃げ去った。
長く重そうな脚立をあの手でどうやって持ち上げて何故走れるのかわからない。火事場の馬鹿力というやつだろうか。


初めてあの距離で美奈子を見た。

なんだ。
よく見れば意外と……



「かわ、ーー」



ん?と思い、止まった。



「……?」



思ったまま口をついて出た言葉。

今、自分は何と言いかけた?









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