GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□糸切り鋏
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懐かしい運転に揺られていた。

美奈子があのまま寝込んでしまったので、今日は前の運転手が設楽を送った。
落ち着いた老紳士である彼は美奈子と違って口数は多くないが、付き合いの長さから遠慮なくものを言ってくる。
今は両親に付きっきりだそうだ。
特に、移動の多い仕事をしている父に付き添って頻繁に長距離を運転しているらしい。

美奈子について聞くと、彼はバックミラーをちらりと見て答えた。



「熱があったと聞きました。咳はしていないそうですので過労ですかね。暫く休ませると」
「……ふぅん。過労……?」



積み重ねた疲労については知らないが、引き金を引いたのは明らかに自分だろう。
言えるわけがない。

設楽の疑問めいた生返事に、運転手はふっと微笑んだ。



「坊っちゃま、ほかに心当たりがおありで?」
「はっ?いや?俺にあるわけないだろ」
「左様ですか」



車は進む。



「彼女、休暇を取ったことがないそうですよ」
「え?」
「他の者がいくら代わると申し出ても働きたい、何かしていたいと言って聞かないのだと」
「……そうか」



働きたいというのは否定しないが、倒れられては堪ったものではない。
帰ったら言って聞かせるべきかもしれない、と設楽は思った。



「なぁ。仕事って楽しいのか?」



窓の外を見ながら聞いてみる。
運転手は暫く考えるように黙り込んだ。



「楽しいですよ。坊っちゃまの成長を見守るのがこの老人の生き甲斐でございますので」
「……ふ」
「勿論、無給でできるかと言われましたら、生活がございますので難しいですが」
「うん」
「尊敬や愛情無しには決して続くものではありません」
「……」
「特に、わがままを聞く立場であれば」
「はは!」



笑ってしまった。

……よくわからない。
尊敬していれば、愛情があれば、人は人に尽くせるのだろうか。

バカで愚かな自分を、彼女は何故慕うのか。
理解ができない。
頼んでもいないのに過労で倒れてしまうほど尽くされる理由があるというのか。



「いってらっしゃいませ」
「ああ」



校門を抜けて教室へ向かう道中でもずっと意識は遠くにあった。

理解ができない。
わからない。
何故あんなにも……



「過労、ね……」
「ハローねセイちゃん」
「うわッ」
「よく会う?」
「おまえがつきまとってるだけだろ」
「そうかも」



珍しく朝早くに姿を見た金髪の彼は、ずっと目を細めて笑っている。

親も含めた付き合いのある兄弟の弟の方だ。
毎回妙な絡み方をされるのであまり出会いたくない。
が、嫌いではない。好きでもない。仲良くなった覚えもない。親しくなんかない。全然。微塵も。

特に兄の方なんて昔……いや、忘れたい。



「何か悩んでる?」
「悩んでない」



しっしっ、と払っても、どれだけ強めに言っても効かない。
この飄々とした男はいつもそうだ。



「セイちゃん」
「なんだよ」
「それって恋?」
「……鯉?」
「恋」



つい立ち止まって振り返った。

……彼も立ち止まって、宙を見ている。
何かを思い出すように。

伏せ目がちに笑って、唇を開いた。



「周りの音聞こえないくらいぼーっとしたり1人で眉間に皺寄せたり、携帯見てちょっと笑ったかと思えばまた怒る。……頭ん中、よくわかんなくなるし」



何も答えずに彼の顔を見た。

主観と客観がごちゃ混ぜになった言葉を呟くように続けた彼は、



「最近のコウと同じ顔だ」



そこまで言うと、困ったように眉を下げてぷっと吹き出した。

名前を出され、兄の顔を思い出す。

……。



「あんな人相になってたまるか」



はん、と鼻で笑った。



「鯉……」
「恋ね?」












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