GS3長編 設楽聖司×お嬢様(完結済)

□夏祭り
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一箇所へ吸い込まれるように人が増えていく。
オレンジ色の灯りが見えてきて、太鼓と笛の音も耳に届き始めた。

美奈子は隣の設楽を時折振り返りながら嬉しそうにくすくすと笑う。



「素敵ですわ。聖司さま」
「知ってる。……ああ、人が多い……」



いくら覚悟していても人混みを見ると気が滅入るものだ。



「楽しそうですわね。まいりましょうっ」



げんなりした風の設楽の腕に手を添えて軽く引く。



「あら?」



が、ついてこないので不思議そうに見上げた。

目を向こうへ見やったまま袖から美奈子の腕を外すと、代わりに手を掴む。
彼女の柔らかい掌を確認するように握ると、ふんと鼻を鳴らした。



「今日はこっちがいい」
「!」
「……はぐれるだろ。おまえはすぐ引っ、」
「幸せですわ〜……」
「だから引っ張るな。聞け」











「あつ、あっつ……はいどうぞ」
「熱ッ、バカもう少し冷ませ。わざとか?」
「んふふ」



安いソースと焼けた小麦粉の匂い。
顔を近づけて鼻を鳴らしていると美奈子がそれを爪楊枝に刺してちょんっと唇に押し付けてきたので設楽は火傷しそうになった。
悪戯っぽく楽しそうに笑う顔を見て故意だと確信する。

暫くぶらぶらと見て回った。

春の祭りとは規模が違う。
射的やサメ釣りなどゲーム形式の屋台も数が多く、ポン菓子のような大きな機械もちらほらと見かけた。
中央にはやぐらが建てられ、その周りでは浴衣姿で盆踊りを楽しむ中高年と子どもの姿がある。



「家で作ったものより美味しいですわね。……はいどうぞ」
「あー」



美奈子が冷めたらしいたこ焼きを突き出してくるので素直に口を開いた。



「ちょっと悔しいですわ」
「おまえのも美味かったよ。何であれ以降作らないんだ」
「今日ここで一緒に食べたかったので」



また挑戦しますわ、と観察するように屋台の裏側を眺め回す。


2人でたこ焼きを歩きながらつっついた。



「ごちそうさまでした。ねぇ聖司さま」
「ん?」



美奈子が繋いだ手を軽く引いて設楽を見上げる。



「チョコバナナとは?」
「あれは溶かしたチョコをバナナにかけただけだ」
「チョコレートフォンデュのことでしたのね!じゃあ、りんご飴とは?」
「あれもりんごに水飴をかけただけだ」
「飴のフォンデュ……?あの、冷やしパインは?」
「串刺しの切ったパイナップル。くじで当たると2本以上もらえる」
「なんですのそれは!」



設楽の説明に表情をころころと変える彼女を見て、また去年辺りの自分を思い出す。
ここまで興味津々ではなかった気がするが、同じような質問を浴びせたような記憶があった。

知らないことを聞ける相手がいるというのは恵まれているのかもしれない。



「聖司さまはどうしてそんなにご存知なのですか?」
「俺も知らなかったよ。教えてもらった。今のおまえみたいに」
「……学校の方?」
「お節介なやつだ」
「一緒にお祭りに?」
「連れてこられたんだよ。俺が行きたいって言ったわけじゃないからな」



そんな話をしていると眼鏡の彼の顔を思い出して、つい笑ってしまう。

瞬間、きょとんとしていた美奈子が一瞬目を伏せた。



「きっと素敵な方なんでしょうね」
「……」



手を掴む力が少しばかり強められて、更に彼女が寂しそうに笑ったのを見て違和感に気付く。

……なんだか、変な誤解をされた気がする。
気がするというだけなのになんとなく訂正しておきたくなった。

なんだって今の流れでそんな顔になるんだ。面倒くさい。



「言っておくが男だぞ。ただの同級生だ」
「……。なぁんだ」
「なんだよ。悪いか?文句があるなら言ってみろ」
「いいえ?」



驚いたような安堵したような間抜けな形の口をする美奈子。

ただ……と彼女が続けた声に被せるように、近くのスピーカーからアナウンスが聞こえた。
まもなく花火大会のお時間です、ご移動される方は……とノイズ混じりの音声はそう言った。

ぴん、と美奈子の背が正される。



「花火!いま、花火っておっしゃいましたわね」
「ああ。あっちが良い」








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