PSYCHO-PASS
□はじめまして
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「……ごめんなさいねぇ。じゃあ、来週までには今月分と合わせて振り込みますのでぇ。お世話になりましたぁ」
受話器を置く。
「聞き分けのいい人達ですね」
「金でしょ。札束で叩けば何でもやる連中よ」
「それは羨ましい」
「で?終わった?」
「ええ。部屋はまだですが死体の方は」
「これで勝手にやって。足りると思う」
「……渡していいんです?」
「持って逃げるならそうすれば?私のお金じゃないし」
「……」
「何?カードの使い方を知らない?」
「いや……わかりましたよ」
遠くでドアの音がして、男が出てくる。
「中々の蔵書量だ。読書家だろうとは思っていたが」
「コレクターだっただけ。全集、紙で揃えちゃう人だったみたい。持っていく?」
「いいのかい」
「勿論。持ち主はもういないでしょ」
「トラックが要るんじゃないですか」
皮肉を言うにやけ顔の男(チェ・グソンとかいうらしい)が振り返ると、白い方の彼はもういなかった。
本気にしたのだろうか。
手配する身にもなってほしい。
「で?どこがいいの?」
「まぁ、もっと都心に近い方が動きやすいですがね」
「人も多いしね」
木を隠すには森の中とはよく言ったものだ。
隠れるならば、人の多いところの方がかえって見つからないこともある。
が、街頭スキャナーに引っかかる可能性を考えると、廃棄区画の方が都合がいい。
「どこでもいいけど……あ、雨漏りとかは勘弁してよね?」
「わかりましたよ」
とだけ答えて、グソンは端末を取り出して席を外した。
電話でもかけるのだろうか。
暇になった名無しさんはぴょんと立ち上がり、階段へ向かった。
一階が見通せる廊下を回って、書籍だらけの部屋のドアを開ける。
「……選べた?」
真剣に、しかしどこか楽しそうに本の背表紙を見上げる背中に問う。
「暫くかかりそうだ」
「そう。好きなのね」
ざっと見回す。
正直、暇を持て余して一度は読んだものばかりなので彼のように目は輝かない。
「彼とはどこで知り合ったんだい」
「え?父のことかしら」
「父、ね」
「……」
「最初は娘だと思ったよ。だが他人だろう」
何も答えない。
「あの部屋は物置の更に奥だったね。普通なら見つけられないような。いくら娘が大事だったとしても、あんなところにある部屋を与えるかな」
「……」
「なんでもない一般的な夫婦が健康な娘の存在を隠し通すなんて考えられないだろう」
「……」
「居候なんだ。君はね」
何も言わない。
「男は君を知っていたね。何故彼は君をここに住まわせ、加えて自由に使える口座なんて与えているのかな」
「……」
「さっきの使用人に向けた電話は母親の……いや、彼の妻の話し方を真似ていた。……どうかな」
そこでやっと彼は名無しさんの方を向いた。
何でもない目。
咎めるでも睨むでもない……寧ろ本の山を見るのと同じ目。
ぞわりとした。
これも寒気や恐ろしさではなく、……
「そこまで見られてたなんて。あの銃は?」
「哀れな被害者が偶然物置に逃げ込んだ時、どう使うか興味があった。まさか奥に君の部屋があるとは」
飄々と答える。
本当かは定かではないが、別に嘘でもよかった。
沈黙が続いて。
名無しさんも同じく、初めて笑った。
「……こんなにすぐ会えるなんて。うふ、ふふふ、ぁは」
吊り上げた唇は更に弧を描いて、堪えきれず声が漏れる。
背を丸め、腹を抱えて笑う。
「私、寄生虫なの。ただの。あは」
あーあ、と目尻の涙を拭った。
「ごめんなさい。うふふ」
「……」
「全部当たってるからおかしくて」
言いながらまた肩を震わせる。
何も笑う状況ではない。
「最高。貴方についていく」
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