GS2 × GS3長編(完結済)

□初めての
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外に出ると、夕焼け空だった。

遠くの海へ沈んでいく太陽が見える。



「ハァ……楽しかった」
「うん、楽しかった」



うーんっ、と背伸びする。

すごく久々の水族館。
純粋に楽しめたな……。

ペンギン、可愛かった。アザラシの餌やりも見られたし。



「まだ時間ある?」
「え?あ、うん。大丈夫だよ」
「寄り道して帰ろう」
「……いいけど」
「よし。はいお手。ワン」
「おて?」



手を出してきたから、咄嗟に右手を乗せる。
ワン。

すると、その手をぎゅっと握られた。
しまった。そういうことか。


手を引かれて海辺へ出た。

風の音。
波の音。
遠くの声。

冷たい風が耳や髪をぶわぶわ撫でて吹き抜けていく。



「ハァ……寒い……」
「平気そうに見えるよ?」
「うん。俺寒いのはまぁ…………嫌いなだけ」
「わっ」
「こうしたらあったかいよ?」
「……琉夏くん」



抱き寄せられて、見下ろされる。

ちょっと呆れた。



「だめだよ。すぐからかうんだから」
「からかってない」
「ウソだ」
「ウソじゃない。美奈子のこと好きになった」



……。

はい?



「もう、そういうこと簡単に言っちゃだめなんだって」
「簡単に言ってない。本気」
「……」



……。
好きって何だっけ。

……あー、と。

うん?
ちょっと混乱してきた。


何て返せばいいのかわからなくて黙っていた。



「困らせてる?そんなつもりなかった」



風で乱れたわたしの髪を耳にかける。


返答がわからない。

こういうときどうすれば正解なんだろう。



「送ってく。駅前でしょ」
「……うん」



海沿いを歩く。



「……」
「……」



……今のって告白?
冗談?
恋というより、好意の好き?

……。

なんだろう。
出会ってまだ数回しか会ってないのに、本気っぽい目だった。

わたしは目線や表情で感情を読むのは得意だけど、真っ直ぐ来たメッセージらしいものを受け取るのがどうも苦手らしい。
ん、どういうこと?と首を傾げてしまう。
妙に勘は鋭いくせにおとぼけだ、と言われる所以がそこにある。そんなことないよ。しっかりしてるし。多分。


……にしても、わたしは琉夏くんのことを何も知らない。

知っているのは見た顔と、学校での評価くらい。
彼の、所謂プロフィールみたいなものを全く知らない。

高校の時はお隣の小学生の男の子(遊くん元気かな)が色々教えてくれたけど。


同じように彼はわたしのことを知らないはずなのに。



「……あのさ、琉夏くん」
「なに?」



聞こう。

とりあえず、適当に。



「好きな食べ物、何?」
「サカナ」
「へぇ……あとは?」
「あるよ。ホットケーキ」
「他には?」
「……んー、お菓子?飴ちゃんとか」



ホットケーキ好きなんだ。
甘党なのかな。



「好きなスポーツある?」
「……んー」
「喧嘩?」
「……あ、空手やってた」
「なるほど。けっこう強かったんだ」
「まぁね。あと水泳だろ、サッカーも習ってたよ?」
「運動できるんだね……」



……だから足元で人が伸びてたんだ。
あの人誰だったんだろう。
学ランみたいなの着てた気がするし、同じ高校生かな。柄も悪そうだったし。

……琉夏くんは派手な髪色だけどなんていうか、ただの不良って感じには見えない。
ワザと一歩引いて浮くように振る舞ってるようなそんな気がしてる。その場のノリで動いてるみたいなのに感情的に見えないの何でだろ。
年頃の男の子ってそうなのかな?



「テレビとか何見るの?」
「うち、ないんだ。テレビ」
「そうなの?今時って感じ……ニュースも見ないの?」
「見ない。コウは電気屋で見ればいいって言ってたけど」
「あはは、かしこい」



むかーしの日本かな?ドラマとかで見る光景……。
テレビがないって今時少なくないとは思うけどそれはそれで不便そう。
わたしも殆ど見ないとはいえ、たまにニュースくらいは流してるし。


質問しても暖簾にパンチするみたいな曖昧な情報が集まっていく。
不思議な子だなぁ。

……うーん、あとはなんだろう。



「将来の夢ってある?」
「夢?…………夢って何?」
「うん。何になりたいとか」
「ああ、そういうことならヒーロー」
「……それって本気なの?本気なら応援するけど」
「本気。俺、レッド」
「……そうなんだ。ええと……趣味ってある?」
「待って。質問責めすぎ」
「あ、ごめん。そうかな」
「俺も質問させてよ。いい?」
「いいよ。ごめんね?君のこと知らなさすぎて」



はっとした。
そんなにいっぱい聞いたっけ。

なに?と彼を見上げる。



「オマエ、恋ってしてる?」



……うん?



「……恋?」
「恋」
「……コイ。魚じゃない方の」
「魚じゃない方の」



聞き馴染みのない単語に頭が固まる。

……恋。
恋?



「……そんな考える?彼氏いるか聞いたつもりだった」
「あ、そっか」
「いないんだ」
「うん。いないかな?」
「どっち……それ」
「いない」
「へー。意外」



恋ってよくわからないから。

ずっと知らないし、見ないふりしてた。
対峙するのが怖い。
おっきな怪獣みたいな存在。
封印されてる部屋みたいなもの。

知ったら、見たら、触ったら。
取り憑かれるか潰される。そんなものだと思っていた。



「じゃあさ」
「琉夏くんはどんなタイプが好きなの?」
「え?」



今度は琉夏くんが固まる。

うーん、と上を見た。



「……どうだろ。わかる?」
「うーん……ヒント」
「ヒント……」



わたしを見る。



「……」
「……」



黙ってしまう。



「……わかんない」
「そっか。わたしも」
「……」



考えたこともない。

そりゃあ理想だったらいくらでも言える。
優しくて面白いところもあってカッコよくてクールで頼りになってでもちょっとキザだったりするような人って素敵だと思う。
でもそんなただの項目、現実的じゃない。役に立たない。

……結局みんな、好きになった人が好きなんじゃないかな。
何年一緒とか、一緒に何したことがあるとか、共通点の数とか。
そんなの関係ないくらいの変な力があるような気がする。それくらいの強い何か。

好きになったら、か。
好きかも恋かもって思ったことないな。
友達っていう意味だったらみんな好きだけど。

もちろん琉夏くんだってそういう意味だったら好き、な方に入ると思う。
どこかぶっ飛んでるけど良い子だし。


わたしも一緒に考えていると、随分暫く無言になった。



「……俺さ、口数少ないって言われる」
「うん?そうかな」
「そうらしいよ」
「いっぱい考えてるんじゃないかな。頭の中で」
「オマエは平気?」
「何で?」
「みんな、叱ったり笑ったりどうでもいい話してくるから」



考えてることが口に出やすい人と、半分も出ない人がいる。
たぶん琉夏くんは後者。わたしも後者。

ハリーみたいな子は前者。佐伯くんも意外と前者。
志波くんなんて、仲良くなるまで殆ど単語しか返してくれなかったし。

……そういう思考の沈黙は苦じゃない。
目を見て空気を感じれば、何の間だってなんとなくわかるから。



「顔見たらわかるよ。平気」
「……うん」
「うん?何か納得?」
「納得だ」



琉夏くんがわたしを見て笑う。



「……駅ついちゃった」
「そうだね。今日は帰れる?」
「うん」



気づいたら駅前だ。
人の流れが一定になってきた。



「あ」



遠くを見ていた琉夏くんの足が止まる。



「美奈子、こっち」
「え?わぁっ」



何、と聞く前に引っ張られた。

自販機の影に追いやられる。
朝と一緒……。



「……」
「……?」



彼の視線の先を見る。
てっきり朝の人がいるのかと思ったけど、それっぽい人はいなくて。

疲れた顔のサラリーマン。
帰り道の親子。
電話している女子高生。
ティッシュ配りのアルバイト青年。
待ち合わせしてるみたいな男性。

いつも通りの駅前だ。



「……」
「……」



わたしを壁に押し付けたまま振り返って、琉夏くんは一点を見据えていた。



「……琉夏くん」



……どんどん力が強くなる。



「琉夏くん、ちょっと」
「……え?」
「苦しい……」
「あ、ゴメン。もうちょい待って」



気づいてふっと力を抜いてくれる。

誰見てるんだろう。
あの人かな?きょろきょろしてる気がする。
なんだろう。知り合い?


……あれって、もしかして、そう?

確認するために琉夏くんを見上げたら、自虐っぽく笑われた。



「……隠れちゃった」



へへ、とわたしに笑いかける。



「コウだ。アイツ目立つからすぐわかる」
「あの、おっきい人?」
「うん。よくわかったな」
「……これ」



琉夏くんの服装からはちょっと浮いた、おもちゃみたいな。
針金を引っかかっただけ、みたいな。
指輪と比べて雰囲気が違うなって思ってたから印象に残ってる。



「ピアス、似てたから」
「ああ……よく見てるな?」



ちら、ともう一度あっちの方を見てみる。
やっぱりそうだ。

同じ位置に、同じピアスがある。
お揃いだ。

あれが彼の言うコウさんか。
雰囲気だけだと年上っぽい。

似てないな。
双子っていうふうには見えない。二卵性だとしても雰囲気から何まで違いすぎる。
……よく見ても似てない。

でも高校生だよね?
じゃあ弟?
あれ、お兄さんって言ってたよね?



「まだいる……帰んないか」
「待ち合わせかな」
「……多分、帰り」
「デート?」
「うん。……いいや。一緒に帰ろっと」



諦めたように脱力する琉夏くん。

絶望したように見えた。
心底嫌そうだった。
……帰りたくないって言ってたのに、大丈夫なんだろうか。


ずい、と顔を近づけてくる。
ほっぺたを挟まれて、上を向かされる。



「そんじゃね。楽しかった。また」
「う、うん……近い……」
「お別れのチューしよう」
「しません。だめ」
「えー」



胸を押し返した。

諦めてわたしから離れてくれる。



「気をつけて」
「うん。オマエも」



手を振る。


琉夏くんが軽く走っていって、件の彼に思いっきり肩を組むようにどついた。
あれは鞭打ち不可避……。



「コウだ」
「イッテェ……は、何でいんだよ」
「デート帰り。アイツいんの?待ってる?」
「あぁ。便所行ってる」
「化粧直しとか言えよ。なあ、お邪魔虫くっついてこうか」
「いらねンだよバカ」
「あ、来た」



……。
会話は聞こえなかったけど、仲良さそうだ。



「……あ」



そのあと、向こう側から女の子が駆け寄ってくる。

ちょっと彩度の高い格好で、髪は短くて。
2人を見て嬉しそうに笑った。

一目でわかる。
……あれが、あの子なんだ。



「似てる……かな」



髪型は、たしかに。似てる。色もなんとなく。
背格好も、似てるかも。
顔はどうだろう。わたし、あんなに可愛い?どうかな。わかんないけど。雰囲気は似てるかな?

……うーん。
現役JKと何比べてるんだろ。やめやめ。
と、目を逸らそうとした時。


琉夏くんが振り返って手を振った。
わたしに。

びっくりして、つい隠れる。



「誰かいたか?」
「うん。いた。……コウにはまだ教えない」








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