GS2 × GS3長編(完結済)

□ぐるぐる
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「ごちそうさま」
「おそまつさま」
「美味かった」
「ありがとう。……全部なくなっちゃった。いっぱい食べるね」
「うん」



お魚をいっぱい入れたお鍋はあっという間に空になった。
3合炊いたはずのご飯もあとわずかになってる。
男子高校生こわい。



「そろそろお金払う」
「え?いらないよ」
「何で」
「何でって何で?」
「俺、めちゃくちゃ食ってるよ?」



そんなこと考えたことなかった。

言う通り、もうこれで何回目かもうわからないし、今更。



「いいよ。おねーさんバイトしてるから」
「俺だってしてる」
「……じゃあ、年上だから」
「年カンケーある?なら、俺男だから」
「いいってば」
「……」
「うっ……」



こっちパターンもあるのか。

参った……どうしよう。
ここは負けちゃダメだ。



「ええと……じゃあ代わりにお水買ってきて?」
「水?いいけど」



あっさり腰を上げる琉夏くん。

助かった。



「2リットル2本ね。なんでもいいよ。安いので」
「オッケー」
「あ、鍵それ持ってって」
「あいよ」



対等な関係なら別にいいけど、流石に常日頃からお金ないって言ってる腹ぺこくんに出させるお金はない。

引きさがらなさそうだったし、お水ももうストックないし。
お水なんていくら高くても0.何リッチだからまぁ、いいでしょう。
帰ってきた頃には忘れてるだろうし。


そうだ、お皿洗っちゃおう。
すぐ溜めちゃうから、人が来てるやる気のある時にぱぱっとしないと。



……。

…………。



「ただいま」
「おかえりー」



泡を流していると、鍵が開く音がした。



「……いいな。ただいま」
「おかえり……?」



ダウンを脱いで、買い物袋を床に置く琉夏くん。
重たいお水……ありがたい。


2回目の挨拶に首を傾げていると、背中にくっつかれた。



「わっ」



お腹に腕がまわされて、ぎゅうっと抱きしめられる。
頭に顎を乗せられてぐりぐりされて慌てた。

手が離せないのに。

髪の毛に鼻先を埋めて擦り寄ってくる。
頸に琉夏くんのほっぺたを感じた。



「……ハァ。いい匂い」
「ちょっと……琉夏くん!」
「チューしたい。こっち向いて」
「やだってば。あ、何で水止めるの、もう」



上から手が伸びてきて水を止められた。

諦めてお皿を置く。
ぴぴっと水を払って、引っ掛けたタオルで手を拭いた。

お腹の腕を外そうと掴んで、……ぐう。強い。



「美奈子」
「っ」



耳のすぐ後ろで呼ばれてびくっとした。

腰を掴まれてゆっくり振り向かされる。



「……」
「……」



まずい。

迫ってきた顔から逃げるように下へ。
しゃがみこんで顔を背ける。



「……何で沈むの」
「だ、だって」
「俺怖い?」
「怖いっていうか……その」



ダメなんだよ。
大学生が家に高校生連れ込んでキスとかそういうの。
成人した大人はそういうのしちゃいけないんだよ。未成年なんたら?になる。なんだっけ。

……あれ?
理由、そっち?

わたしが嫌なんじゃなかったっけ。


あれ、あれ?



「よっ」
「わ、わぁっ!?」



混乱したままのわたしの脇に手を突っ込んで抱え上げる。
ふわっと身体が浮く。

暴れても敵わなかった。
逆に落ちるのも怖くて動けない。

そのままベッドに投げられる。
背中にマットと掛け布団の感触。足元に枕。



「はい。逃げらんないね?」
「あ、ぅっ……」



上に覆い被さってきた琉夏くんが顔を近づけてくる。

頭の横を上腕で挟んできて、がっちり固定された。
まずい。本当に逃げられない。顔が動かせない。



「好き」
「っ」



目を覗き込まれて、真っ直ぐ言われた。



「好きになっちゃった。代わりだなんて思ってないよ?ちゃんと美奈子が好き」
「……」




嘘じゃないのはわかった。
目と唇に感情が出やすい子だから、多分、本当のことを言ってる。

……嘘であってほしかった。
アハハ冗談、なんて言う予兆すらない真剣な顔。

何も返せなくて、頭がぐるぐる回っていた。

……どうしよう。

どうしよう。
わかんない。

わからなくて、ちょっとイラッとするくらい。


その苛立ちを自覚した瞬間、手に力が入った。



「また困らせてる?」
「……うん。困る。すっごく困ってる」
「え、おっ?」



思いっ切り胸を押し返す。

腕が緩んだ瞬間、がばっと起き上がった。



「……なんなの、君は」
「なんなのって」



抜け出して膝立ちになって、琉夏くんを見下ろす。



「いきなり現れてぐいぐいぐいぐい来て……ただでさえ不安定な時期なのに」
「ああ、うん……」
「押しに弱いわたしもわたしだけど。家来て初日で添い寝するわ2回目で襲いかかるわ……好き好き言うし。今日のスイッチもわかんないし」
「……うん」
「知らないよ。勝手に吐き出してすっきりして終わらないで」



感情のまま肩を拳で叩く。
力は入らなかった。ぽん、ぽんって叩く程度。ああ、弱い。

最後に叩いた手で、そのまま服を掴んだ。



「こういうときどうすればいいかわかんないよ……教えてよ」



知らないから。

家に男の子が来たことも行ったこともない。
好きとかキスとか、そんな雰囲気で手繋いだことも組んだことも、抱き締められたこともなかった。
デートだって、どこからがそうなのかもわかんないし。

なのに、当たり前みたいにするんだもん。当たり前みたいに言うんだもん。

知らないんだ。

知らない言語で勢いよく話しかけられてる感覚。
違うチャンネルの実況を聞かされてるみたいな居心地の悪さ。


項垂れていると、優しい手がわたしの髪を撫でた。



「それは俺もわかんない」
「なにそれ」
「オマエはどうしたい?俺はチューしたいって思ってる。嫌?」
「……嫌じゃないから困ってる」
「チューが嫌?それとも、俺が嫌?」
「……わかんない。ダメ」



下から覗き込んで、首を傾げてくる。



「一回してみよう。そしたらわかる」
「い、一回ぃ?軽い……」
「ほら」



腰を抱き寄せられる。
わたしは前のめりになって、琉夏くんの肩に手を置いた。
そのまま背中にまで腕が回る。

あ、と止める間もなく、唇が重なった。

柔らかい。
変な感じ。

あったかくてふにふにしてる。
咄嗟に目閉じたけど、正解?
手ってどこに置いたらいいの?息止めてるけど、していいの?


……佐伯くんとぶつかったときは勢いだったし、こんなに優しくなかった。寧ろ痛かった。
あれは事故だ、から。キスじゃない、のかな。

まともなちゃんとした初めてのキスで、別の人のことを考えた。
最低かもしれない。


たぶん、数秒で、わたしから離れた。

……ああ。
やっちゃった。

キス、しちゃった。



「どうだった?」
「……やじゃ、なかった」
「どっちが?」
「どっちも……かな」
「……あー」



頭がぐるぐるして固まっていると、琉夏くんが声を上げた。

え?と聞く前に押し倒される。
さっきの体制に逆戻りした。


はぁ、と彼が溜息混じりに言う。



「一回じゃ止まんないかも。ヤバイ」



……あれ。
スイッチって一個じゃないの……?

まずい。

抵抗しようとした手を掴まれた。
指まで組んできて、顔の横に固定される。

待って、と言おうとした口を塞がれた。
さっきの触れるだけだったのと違う、もっと、変なキス。


あ、食われる……。


押し付けられて、唇で唇を開かれる。
開いた隙間に舌がぺろっと入ってきた。

びっくりして手を握り返す。
もっと強い力でぎゅううってされて、暴れることすら許されない力の差に心臓が激しく脈打った。

歯の間に潜り込んだ琉夏くんの舌が、わたしの舌を絡め取る。
ぬるぬるして熱い。

ぞわぞわした感覚が背中から上がってきて、耳の後ろをくすぐって頭に届いた。

きもちいい。

こんなの知らない。さっきと全然ちがう。
頭にへんな薬がじゅわじゅわ溢れてる。


息が苦しい。
鼻で吸って、合間に口から吐いたら変な声が漏れた。

……今の、自分の声?


散々舐め回されて吸われて。
頭がとろとろになった頃。



「ぷぁ、っ」
「は……プルプルしてる。怖い?」



やっと唇を離された。
舌も。

吐息のかかる距離で囁かれる。

……怖くなかった。

首を振って、見つめ返す。



「へ、変な感じ」
「変?」
「ぞわぞわする」
「……っ」



ばっ、と琉夏くんがわたしの肩口に顔を埋めた。
握ってた手を離して、ばんばんとベッドに打ちつける。

わからないけど、何かに悶えているらしい。



「……ハァ。かわいい……ちょっともう、俺、ダメだ。オマエのせい」
「わ、わたし何にもしてないもん……ひどい……」



そのあといっぱい頭をなでなでされて、ぎゅうっと抱き締められた。



「もう一回……はダメ?」
「……、」
「いや……やめとく……俺頭イカレてるからさ、これ以上はヤバい……」



ちゅ、とおでこに軽くキスして、身体を起こしてくれた。

わたしはずっと頭がぐるぐるしていて何も喋れない。



「……真っ赤。大丈夫?」
「うそ……あぅ」



ぱっと顔に触れる。
熱い。

鏡で見なくてもわかる。
絶対赤い。



「大丈夫。俺、これで消えたりしない」
「……どうかな」
「そんな最低な奴に見える?」
「みえる……」
「ヒデェ」



ふは、と琉夏くんが笑った。


上手く息が吸えなくて、ひゅっと喉が鳴る。
耳の中の血管までどくどくして、心臓が早い。

……ふう、ふう、と呼吸を整える。



「……胸、ばくばくする」
「ホント?聞きたい」
「きゃ」



抱き寄せられて、わたしの胸に琉夏くんが耳を押し付けた。

人に触れられて一層自分でもわかる。



「……ホントだ。破裂しない?」
「するかも」
「じゃあ俺も死ぬ。そこにある包丁でヒトツキだ」
「……変なこと言わないで」



息が苦しい。



「生きてる……」
「わたしは死にそうです……」
「……なんか、照れるな?」
「ばか」
「痛ぇ」



手元にあったクッションで頭を叩く。

全く効いていない彼はわたしの頭をわしわしと撫でくりまわしてきた。



「ゴメンね?好きなんだ」
「うっ!もうやだ……帰って……」



ちょっと、これ以上触られると、ほんとに、死にそうだ。

気が遠くなるのを必死で抑える。



「ちょっとひとりになりたい……しぬ」
「ええ……ヤダ」
「お願い、帰って……」



さっき彼を叩いたクッションを抱き締める。

……無機物は押し倒して来ないから、良い。


残念そうに琉夏くんはわたしの手を握る。

すりすりって指で手を撫でてきて、名残惜しそうに離した。



「ホントにダメ?」
「……今日は、ダメ」
「今日は…………。わかった。また、電話する」
「……うん」



ドアが閉まる音が遠くに聞こえる。



……ああ。
やっちゃった。

やっちゃったぁ……。


ごめんなさい。
各方面に謝罪。猛省。
ごめんなさい。

あああ……。
ばくばくする。









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