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□秋蛍の記憶/Mside
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目が覚めて窓を開けると
頬を撫でる風が
夏が終わったと感じさせた


また季節が変わり
一緒に過ごす何度目かの秋


少し冷えた風を室内に取り入れながら
気持ちよさそうに眠る君のそばへ行く


癖のあるふわふわの髪を撫でながら
柔らかな日差しに照らされた
端正な顔を見つめると



「・・・ミンソク、穴あいちゃう」



くすくす笑いながら目を開けて
笑顔を返してくる



「起きてたんだ」

「うん、ちょっと前にね」



そう言って、腕を伸ばしてハグを求める



「おはよう」

「おはよう、ミンソク」



いつもの朝
穏やかに始まる一日


当たり前の毎日を過ごす中で
幸せを実感する反面

まだ足りない
そう思えることが増えてきた



「あ、ミンソク今日の夜、この間話したドライブに行こうよ」

「ん?」

「俺のとっておきの場所に行きたいって言ってたじゃん?」

「連れてってくれるんだ?」

「うん、ちょっと遠いけど、行こう」




足りないもの
それは、過去と未来


俺と出会う前に
見てきたもの、触れたもの
その時誰と、何を感じて
大切なものとなったのか


俺と出会ってからの
これからの未来
男同士の関係に
約束なんて不確で
形に出来るものが
何もない


だから少しでも
知りたいし
埋めたい・・・





ルハンが連れてきてくれた場所は
結構な街の外れにある丘の上の高台

砂利道の細い一本道を登った先には
デートスポットとも言えないような
草が生い茂って、遊歩道があるだけの場所


海からはそんなに離れていないようで
風に乗ってほんのり塩の匂いがする


昔、ここは火櫓をおいてた場所らしく
街が見渡せるようになっているらしいと話してくれる


周りに民家もなく、街灯もない


星の光だけでうっすらと
道が見えるような所



「ルハンの好きな場所ってここなの?」

「ん?そう。とっておきの場所」



そう言うと、ふわりと笑う


人工的な音がない、静かな空間
風にそよぐ草の音がそよそよと
時折虫の声も聞こえてくる


手をつなぎながら、遊歩道を
歩き出すと



「ミンソク、ちょっと見ててね」

「?」



そう言って、道に転がっている
小石をいくつか拾って


道の脇を覆っている
草むらに向かって投げた


瞬間



「うわぁ・・・」

「・・・綺麗でしょ」



隠れていた蛍だろうか
刺激に反応して
一斉に瞬き出す


空を見上げると満天の星空で
眼下を見れば無数の蛍の光
境界線のない光の煌きに
軽い浮遊感に襲われる


初めて感じる美しさに
思わず言葉を失ってしまう


そんな俺を見てクスリと笑いながら
握っていた手を肩に回して
そっと引き寄せてくれる
その顔を少し覗いてみれば
ちょっとだけ懐かしむような瞳


ここに誰と来たのか
どんな想い出があるのか


チクッと胸がざわついた気がした
でも
そんなことはどうでもよくなった


むしろ、懐かしいその余韻を
もっと感じててくれていいと思う


だって・・・



「ミンソク?」



視線に気づいたルハンの瞳が
自分を捉える
優しい笑顔で



「そんなに見つめられると嬉しくなるけど?」



嬉しくなっていいよ
もっと、もっと



「うん・・・ルハンが格好良いから?」

「ははっ、珍しい」

「ふふ、こんな綺麗なところに連れてきてもらったし」

「いいところでしょ」

「うん」

「・・・俺が育った所ではね、秋に蛍が見れる場所がたくさんあって」

「うん」

「夏の蛍もいいけど、少し空が高くなる秋の蛍の方が好きなんだ」



草木の匂いを纏い、少し冷えた風が
ルハンの記憶を一層蘇らせているだろう



「ここを見つけた時にね、それを思い出したんだよ」

「そっか」

「だから連れてきたかったんだ」



返事の代わりに
一度胸にコツンと頭を預ける


それから背中を預けて
ルハンの腕を自分の体の前に
交差させて、握り締める



「地面も空もなくて、宙に浮いてるみたいだね」

「でしょ」



見上げる視界の中にルハンを
捉えながらつぶやく


まるで地上に2人しか
存在しないかのような
空間


瞳の中まで星が散りばめられているような
輝きが、ゆっくり瞬きをしながら
近づいてくる


触れて
重なった唇は
少しひんやりしていて
温もりを求めるように
何度も何度も
優しく触れて
そっと名残惜しそうに離れて



「・・・ミンソクの瞳の中まで光ってる」



お前の瞳の方が光ってるよと心で思う



「・・・おまえクサいよ」

「でも本当だもん」



目尻に皺を寄せて微笑むから


この景色と香りと全てを
記憶に焼き付けたいと
思ってしまう


「あのさ・・・」

「ん?」

「これからもこうして、ルハンが見てきたもの、俺に教えて」



自分と出会う前のルハンの記憶
俺は全てを見てみたい



「いいよ、ミンソクのも教えてくれる?」

「・・・うん」





今まで見てきた君の世界を
全て見せてほしい


草の匂いも花の匂いも
感じた風の感触も全て


巡る季節すべての世界を
思いだすとき
引き出される記憶は全て俺に繋がるように
ルハンの記憶を書き換えて行きたい


もし、2人
離れ離れになることが
あったとしても


この場所に来て、この風を感じて
この香りの中で
俺を思い出してくれればいいと思うから


ねぇ、ルハンの全てを教えてよ
ルハンの記憶を俺で埋め尽くして


そうやってこれから先の未来まで
俺の記憶を残して


そしてできることなら
これから先もずっと
2人の記憶を2人で懐かしめるように


それが本当の願い

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