例え苦い恋だとしても

□06
1ページ/1ページ

「まったくお前は...馬鹿なんですか?」

「はは...返す言葉もないや...」

ぐったりとベッドに体を沈めているヒナツを、アポロは呆れと申し訳なさを含んだ瞳で見下ろす。
働き過ぎだとは思っていたが、自身の体調を気に掛ける余裕すらないとは思っていなかった。
幸い、彼女にはミナセという優秀な補佐がいるから仕事に差し支えはないだろう。

「ランスは...もう大丈夫?」

そしてヒナツは熱を出して寝込む事になってもなお、ランスの心配をしている。自分の心配をしろと言いたかったが、そう言ったところで聞き入れない事などとうに理解していた。

「ええ、問題ないでしょう。一応お前が熱を出した事は伝えていませんが、言っておきますか?」

「えー...あー...うん、言っといて...でもランスのせいじゃないよって」

あたしが自分の限界無視してやっただけだもんなぁ、とだるそうに呟く。
久々に仕事が手に付かないほどの高熱。
睡眠不足も馬鹿には出来ないという事だ。

「絶対安静です。いいですねヒナツ」

「はーい......」

そう言ってアポロは部屋を出て行く。彼も暇ではないのに、無駄な時間を過ごさせてしまったとため息を吐いた。
すると、入れ替えにミナセが姿を見せる。手に、何か白い紙を持っていた。

「ヒナツ、これ、いつものかな?」

差し出されたのは紙は紙でも封筒だった。
スバメが運んで来たとミナセは言った。こうして手紙が届くのも、またそれの返事を送るのもミナセは知っていたから、こうして何の躊躇いもなく手紙を持ってくるのだろう。
ミナセに一言礼を言って封筒を開ける。彼女はそれを見てそっと部屋から出て行った。
別に居ても構わなかったのだが、ヒナツは特にそれを止めることもしなかった。
見られても構わない、ミナセには知っておいて欲しいような、けれど知られては困るような。
なんとも言えない思いを感じつつ、中の便箋を取り出す。
相変わらず飾り気のないシンプルな白の便箋に綴られる文字。


『ヒナツへ

久しぶりだね。調子はどうだい?
実は折り入ってキミに頼みたい事があるんだ。
情報網の広いキミなら、ボクたちよりはずっと早く、確かな情報を得られると思ってね。
今、こっちにアクア団とマグマ団という二つの組織が存在している話は前回話したね。彼らの目的は何となく見えてきたんだけど、それでもまだまだ情報が足りないんだ。
何か些細な事でも構わない。奴らに関わる情報全てを回して欲しい。
  
それから...
図々しいお願いだとは分かっている。キミも忙しい事は理解しているんだけど...。
もし可能なら一度、こっちに戻って来てもらえないかな?奴らを止めるのを手伝って欲しいんだ。
勿論、無理にとは言わない。情報も...出来る限りで構わない。ボクも自力で出来る事はやっているから、集めた情報が事実であると裏付ける事が出来れば、少しは動きやすくなるだろう?

本当はゆっくり考えて、と言いたいところなんだけど、そんなに時間がないのも事実なんだ。
急かすようで悪いけれど、なるべく早く返事を貰えると助かる。

久々の連絡がこんな内容で申し訳ない。この件が落ち着いたらまたゆっくり話そう。キミに紹介したい子たちもいるからね。

           ツワブキ ダイゴ』


そんな事だろうとは思っていたが、後半は予想外だった。
熱でがんがんと痛む頭を抱えてヒナツは考える。
今の立場を彼には話していない。
三年前ロケット団が解散し、一度は故郷に戻ったが、その後アポロに呼ばれ理由も告げないままにホウエン地方を飛び出した。
団員や資金集め、アジトの再建に奔走し、途中ランスを幹部にする事でアポロと揉めに揉めてそれを貫き通し、そしてアジトが完成し生活が安定し始めた頃にジョウト地方にいる事だけを手紙で送った。
その時に手紙を運ばせたスバメを、今でもなおこうして手紙を届ける手段として使っている。

「どうしよう......」

ロケット団の情報網は広い。
三年前ほどではないが、それでも随分と広がったものだと思う。
それだけではなく、ヒナツはハッキングを得意としているため、アクア団やマグマ団の目的や今後の動きについて調べる事は容易いだろう。
出来る事なら、今すぐホウエン地方に向かいたかった。
けれど、それは許されない。
自分たちにとって、今がどれほど大事な時期か分からないはずがなかった。
ましてアポロに何と説明をすればいいのか。
期間が定まらない以上、ここを離れるわけにはいかないのだ。
ふらり、と覚束無い足取りで机に向かい、引き出しから取り出した便箋にペンを走らせる。
視界が歪んで上手く書けている自信はなかった。
情報を送る事を承諾する旨を完結に書き、ホウエン地方に向かう事は出来ないと続ける。
理由は適当に誤魔化した。深く詮索されないように、けれど心配させないように。

「ごめん、ダイゴ...」

呟いた声は誰にも届かずに空気に溶けた。

こんな感情など要らないと思った。
過去を全て捨ててしまえたらどんなに楽だろうと思った。
幹部でなければ出来たのか。こっそりアジトを抜け出して、彼らを手伝えたのか。
考えてはならない事だと分かっていた。組織に対する裏切りにも似たものだと。
しかしそれ以上に、ホウエン地方へ向かう事を躊躇わせたのは、幼馴染みである彼らに、今の自分を知られる事だった。
アクア団やマグマ団の人間が、自分を知らないとは言い切れない。
現にこうしてロケット団に属しているヒナツはアクア団とマグマ団のリーダーや幹部を知っている。

「ごめん...ごめんね......」

何に対する謝罪か。
熱に痛む頭では答えを導くことが出来ない。
浮かぶ憧憬、純粋に笑えたあの頃。
きっと最初から決まっていたのだ。
彼らと自分の歩む道は定められていた。
あの日あの時アポロに拾われなければ、今でも彼らと笑って夢を見ていられたのか。
ずるずるとその場に座り込み、こみ上げる何かを必死に飲み込む。
吐き出したら駄目だ。
力の入らない足を叱咤して立ち上がり、便箋を封筒にしまい込む。
スバメがどこにいるかミナセに聞いていないが、恐らくすぐ見つかるだろう。
絶対安静、アポロに告げられた半ば命令のそれを早々に破って、ヒナツは部屋を後にした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ