例え苦い恋だとしても

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「ねぇ君、あたしと一緒に来ない?」

そう言って差し出された手を取った。
理由は分からなかったけれど、信じてみたかったのかもしれない。
満月を背負って笑う、年端もいかぬ少女に何かを期待したのかもしれない。
ある晴れた冬の夜、二人は出会った。



▼ ▽ ▼ ▽


「何をしているのですかヒナツ...」

「え、サボり?」

アポロに書類を届けに行って帰って来ると部屋にいたのはヒナツ。
またか、と思いながらランスはため息を吐く。
今日はどの隊もデスクワークだと言っていた。
元上司である彼女はやたらとデスクワークを嫌っており、こうしてよくサボってはアポロから注意を受けている。
その注意が効いていない事は分かっていても、放っておくわけにもいかないのだ。

「仕事は」

「ミナセに任せて来た」

「...そうですか」

ミナセも苦労しているだろう、と思う。ランスより長くヒナツと一緒にいるらしいが、彼女の扱い方は未だに分からないと言っていた事を思い出す。

「あ、ねぇアポロ部屋にいた?」

「えぇいましたが」

「そっかー...」

右手の人差し指に、横髪をくるりと巻き付ける。何か企んでいる時のヒナツの癖だ。また何をしようとしているのか。

「何を企んでいるんです」

「やだなぁ。何も考えてないよ」

「嘘言わないでください。それ」

ランスが髪を弄る手を指差すと、彼女はしまった、という顔になる。

「悪い事ではないよ。あたしたちにとっては、ね」

「どういうことです?」

「そのうち分かるよ」

部下たちの前では絶対に見せない、ひどく冷たい目。彼女の思考は本当に予測不可能である。何を思って、何に対して、そんな目をしているのか。
それを聞いたところで答えないのは目に見えている。
ロケット団の利益になる企みなら止める必要はない。
ランスはそう判断し、それ以上の追求を止めた。
やれやれ、といった様子でため息を吐いたランスが追求を諦めた事を理解したヒナツは、打って変わってにっこり、と満面の笑みを浮かべる。

「ふふ、あたしランスのそういうところ好きだよ」

「...有り難うございます」

「さて、と。それじゃあね」

「真面目に仕事してくださいね」

「善処するよ」

くすくすと笑いながらヒナツは扉の方へ足を向ける。
すれ違いざま、ランスの頭を帽子越しにぽんぽんと叩くように撫で、満足気に部屋を出て行った。
恐らく部屋には戻らないでアポロのところへ行くのだろう。
ついでに注意をしておいてもらおうとランスは思い、ポケギアを操作した。

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