例え苦い恋だとしても
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「...ランスが負けたの」
ポケギアを机に置いたアポロに向かって、ヒナツは疑問にしては確信を持った声音で尋ねた。
アポロは小さく頷いてヒナツの隣に腰掛ける。
その顔に焦りは無く、対策を考えているようだ。
ヒナツはすっかり冷めてしまったブラックコーヒーを飲み干して深くソファに身を沈める。
ランスを倒したのはヒノアラシを連れた少年だったという。そして、チコリータを連れた少女も目撃されているらしい。
「詳しくはランスが戻って来なければ分かりませんが」
腰のベルトのモンスターボールを弄っていたヒナツはアポロの声に顔を上げ右隣を見上げた。
「...懐かしいですか」
予想外の台詞にヒナツはぱちぱちと数回瞬きをしてその意味を理解しようと頭を働かせる。アポロの視線がベルトのモンスターボールの一つに向いている事に気が付き、ああ、とヒナツはどこか遠くを見るような目をした。
ヒナツの過去を知っているのはサカキとアポロの二人だけだ。
モンスターボールからヒナツへと視線を戻していたアポロの、射貫くようなアイスブルーの瞳から視線を逸らし、ヒナツは先程までアポロが見ていた、手持ちの中でも最も傷の多いモンスターボールをベルトから外して手の中で転がす。
「懐かしい、か。うーん...少し違うかな」
かたかたとモンスターボールが揺れる。長年連れ添って来たパートナーは、時折ヒナツの心を読んだかのような行動を取る事がある。ふ、と小さく息を吐いてベルトに戻し、再度アポロに視線を向けた。
「...ねぇ、アポロ。あたしは...あたしたちは、間違ってないよね?」
アポロは驚いたように少し目を見開いたけれど、すぐにヒナツの真意を探るように目を細めた。
「間違っていたとしても、進むだけです」
「...そっか。うん、そうだよね」
ソファの上に投げ出されたヒナツの右手に、アポロはそっと自身の左手を重ねて微笑む。ヒナツもつられたように小さく笑い、知らず知らず強ばっていた体の力を抜いた。
「アポロには敵わないなぁ...」
ヒナツの言葉の裏に隠された感情を読み取ったアポロの優しさに、 ヒナツは困ったように眉を下げる。
アポロは重ねていた手を少し動かしてゆっくりと指を絡めた。
ヒナツの過去を知っている。
ヒナツのかつての夢を知っている。
その夢の結末を知っている。
知っているからこそ、これから障害になるであろう少年少女の対応を考える必要があった。
「ああそうだ、アポロ」
絡められた指はそのままに、 ヒナツは何かを思い出したように話題を変えた。
「アテナから伝達事項。湖の周辺で頻繁に目撃されてる男がいるらしい」
「...何者です?」
「はっきりと分かっている訳ではないらしいんだけど。カイリューを連れた赤い髪の黒いマントの男だって」
「カイリュー...赤い髪...黒いマント...」
ヒナツの挙げた男の特徴を復唱し、アポロはまさか、と目を見張った。
敵になりそうな人物について調べてはいる。情報網もここに来て大幅に広がっている。
思い当たる人物が、いた。
「...やっぱり、チャンピオン?」
ヒナツが苦々しい顔で言う。
ジョウト地方チャンピオン・ワタル。
恐らくアテナもその名が浮かんだからこそ言って来たのだろう。
「...厄介ですね」
「本当...あの子たちもどうにかしなきゃならないのに」
「彼らが出会う前に...手を打ちましょう」
「そうだねぇ...。とりあえずランス待ちだね」
きゅ、と指を強く絡め直して、ヒナツは目を閉じる。
ランスが帰還するまで、あと数分。