ランスさまのペット(仮)
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目が覚めるととりあえず全身が痛かった。
恐らく打撲とか打ち身くらいだと思われるが、念のため傷がないか確かめる。
どうやら医療室のようだ。
真っ白な床と真っ白な壁と真っ白な天井と真っ白なベッド。
足は無事なようで、ベッドを降りて立ち上がることは出来た。
「誰もいませんねぇ......」
勝手に出て行くと多分探される。
でもアテナさまとかラムダさまとかアポロさまに見つかる前に部屋に戻りたい。
特にアポロさま。
何かメモでもないかと医療室の中を彷徨くものの、何もない。
時計を見れば、午後三時。
意識を失って一時間程度といったところか。
今日の仕事は終わっているからその辺は心配ないのだが、ランスさま以外の幹部に見つかると事情を話さなければならなくなりそうで、それが面倒だった。
アテナさまに見つかった場合は、また女の子たちにやられたと言っておこう。
というか、私はどうやってここに来たのだろうか。
一先ずベッドに戻って、痛む頭を働かせる。それにしても後頭部が酷く痛い。あの勢いで壁にぶつければ当然とも言えるが。
次いで右側頭部が痛い。ランスさまは確か素手だったと思うんだけどなぁ。
二重の意味で頭を抱えていると、医療室のドアが開いた。
「もう目が覚めたのですか、リナ」
「っ、ランスさま?」
「水を取りに行っていたのですが。飲みます?」
「......いただきます」
ひやり、と指先に冷たさが伝わる。
どうしてランスさまが、という疑問は、水と共に飲み込んだ。
一気に半分程を飲み切って一息つく。
ランスさまはそんな私をただ見ていた。
どうしたのだろうか。
「......何か?」
「怒っていないのですね」
「え?」
誰が、誰を。
ぽかん、と、私はきっと間抜けな顔をしているだろう。
ランスさまは呆れたように溜め息をついた。
「貴女が私を、ですよ」
「別に怒ってないですよ。びっくりはしましたけど」
「そうですか」
ランスさまの左手が、私の右側頭部に触れた。心配でもしてくれているのだろうか。
「何か異常は」
「ありません」
そうですか。とランスさまは呟いた。
なんだろう、ランスさまがなんかいつもと違うような気がする。
あれ、こんなに大人しい方だったっけ。
失礼な事だとは分かっているが、そう思わずにはいられない。
「......どうかしたんですか」
「何がです?」
「らしくないですよ」
「......そうでしょうか」
「はい」
左手が離れていく。ランスさまは何か戸惑っているようにも見えた。
こんな顔、初めて見たような。
「アテナが」
少しだけ俯いて、ランスさまはそう切り出した。
アテナさま?
もしかしなくても、これはバレたパターンかもしれない。
ランスさまが幹部になってからずっと、隠して来たのになぁ。
「アテナが言っていたのですよ......貴女が、下っ端たちから嫌がらせを受けていると」
「......それは、その、」
ああもう!どうして言ったんですかアテナさま!
しかもどこをどう言ったかも分からないから、下手に言い訳出来ない。
口篭った私を、ランスさまがじっと見つめている。何か言わなくては。
「私は、大丈夫ですから」
「大丈夫な訳ありますか。今日だって、貴女ならあの程度耐えられるはずでしょう」
「......それもそうですね」
「まったく......。なぜ言わなかったんですか」
言いたくなかった、そんな理由がランスさまに通じるはずがない。
あ、そうだ。
「猫同士が喧嘩しても、それを飼い主に報告しないでしょう。それと同じです」
「馬鹿ですか貴女は」
一蹴ですか。
すごく呆れた目で、表情で、ランスさまは私を見て深々と溜め息をつく。
間違った事は言っていないはず。
私はランスさまの部下で補佐で飼い猫だ。
「また何かあったらすぐに言いなさい。いいですね」
もう少し休みない。
有無を言わさぬ口調に、いろいろ言いたい事はあったものの、大人しく従う事にする。
目が覚めたら、とりあえずアテナさまのところに文句を言いに行こう。
折角今まで隠し通してきた事をあっさりバラされてしまったのだから、ちょっとくらい許してもらえるだろう。
ランスさまが優しく額を撫でてくれた。
さっきとは正反対だ。
「お休みなさい、リナ」
こんなにいろいろなランスさまを見れるのは、幹部を除いたら私だけだろう。
それが嬉しくて、へにゃりと笑う。
その顔がお気に召さなかったのか、ぺしりと額を軽く叩かれた。
「ランスさま......ここにいてくださいますか?」
「ええ、いますよ。だから寝なさい」
「分かりました......」
目が覚めて一人は嫌だった。ダメ元で言ってみたがどうやら甘えさせてくれるらしい。
本当は優しいのに、不器用な人だと思う。
でもそれでいいのだ。
みんなが知らなければ、私は″この″ランスさまを一人占め出来るのだから。