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□秋風
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「真田。」

あの声が懐かしい。
中学生の男子にしては高めの、優しい声が。

「起きて。」

目を薄っすらと開ければ真上には綺麗な紺色の瞳。
揺れる柔らかな髪から木漏れ日が降り注いで。
次にお前がしようとすることなんて、お見通しなのだが。
何故だろうか、動けん。

いや…。

「…起きないと、悪戯しちゃうよ?」


起きたくない。


もう何ヶ月も触れる事のできなかったその感触が欲しくて。

瞼が、重い。

「…いいの?」

ああ、きっと笑っているのだろうな。
昔、俺にいきなり水をかけてきた時の様に。

悪戯をする、合図。

「………真田…。」











意識がグラリと遠のいた感触に誘われ、ふ、と目を開ければ目の前に広がるのは部室のロッカー。


あの綺麗な紺色は見つからず。


見渡す限り、灰色の鉄の塊。

嗚呼、そうだ。
今はあいつはここにはいないのだ。
一人、皆とは別の場所で、別の敵と懸命に戦っているのだ。


先程までの鮮やかな夢とは違い、暗く濁った現実。


今までこんな事は無かったと言うのに、俺はいつの間に弱くなったのだろう。
もう一度、一から鍛え直す必要があるようだ。

あいつとの約束があるのに、こんなところで夢現に惑わされている暇は無いのに。
それなのに…。


そのギャップに見事嵌って、抜けだせないでいる。


この様な感情を、知らなかった。
こんな自分を、あり得ないと、許せないとわかっていた。

けれど、俺は今…。



「幸村……。」




―秋風は扉を開けっ放しにして、そう簡単に閉じさせてはくれない。



End
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