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□心を込めて、君に。
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「ねえねえ!」

「え、なになに?どうしたの。」

廊下から聴こえる、女の子達のお喋り。

「さっきの授業でさー。」

さっきの授業。
あの子達はA組の子かな?

「あ、アレ!?」

「そうそう!」

アレって何だい、アレって。
女の子同士では、アレで物事が伝わるのか。
凄いテレパシーか、はたまた物凄く固い友情で結ばれた二人なのか。

「凄かったよねー!」

「ね!まさか、あそこまで出来るだなんて!」

料理の事かな?
凄い驚いてるみたいだから、話しているのは男子の事かな…。

「包丁さばきも完璧だし!」

「味付けも絶妙だったよね!」

魚の煮物だったっけ?
作るの楽しみだな。

「他の人への指示も的確だし!」

「それに意外にやさしいよね!」

キャーッと、歓声があがる。
優しい…柳生かな?
確かに、柳生は和風料理より洋風料理の方が合うイメージだな。


そんな風に考えてた俺が甘かった。
手塚風に言うなら「油断していた。」


「まさか、真田君がねぇ!」

「あそこまで料理が上手だなんて!」


ガタガタッ ガッシャーン


一気にドラムを叩いたような音が教室に響く。
俺は床に正面衝突しながら、音の振動を確認していた。
いや、実際の心境はそんなに穏やかでは無い。

だってあの子達は、なんと言った?





真 田 が 料 理 上 手 だ と





衝撃の事実、ブン太や赤也が読んでいた少年向けの漫画なら俺にピシャーンッ、と雷が落ちる所だけれども。
現在、俺の近くに雷を落としてくる物騒な人はいないからね。



―むしろ、今から行くんだけれど。
俺はベッタリと這いつくばっていた床から体を離すと、木の床がギシリ、と音をたてて軋む程足を踏み込んで、大きく廊下へと飛び出した。

ああ、きっと今なら風林火山の風にも負けないよ。

談笑している他クラスの女子達、ゲームで対戦している男子達に危害を与えない程度で廊下をすり抜けて行く。
柳に後でどの位のスピードだったのか、聞いてみようかな。

さて、A組のドアが見えてきた。
では心を落ち着かせ―











―る訳がない。


「さあああああああああああああなああああああああああああああだああああああああああああああああああああああああああ!!!」


皆の聴覚を奪いかねない程の大声+パワーSフル活用の勢いで開けたドアの音。
鼓膜が破れたらごめんなさい。A組の皆さん。
ざわつく教室内、中には勿論耳を押さえて唸っている子もいる。
まあ、周りのどうでもいい人はおいといて。
教室を見渡してみたけれど、到底中学生だとは思えない渋い顔とサラサラぱっつんの黒髪が見当たらない。


ちょっと、折角来たのにどうゆう事?


「あの…幸村君?」

「…ん?」

近くにいた誰かが声をかけてきたと思ったら、柳生だった。

「真田君をお探しの様ですが…どうなさったのです?」

同い年とは思えない程、丁重な口調。
優しさに溢れたその態度。
流石、紳士。
相談するにはうってつけの相手だ。

「いや、実はね…。」



「なるほど…。確かに、真田君の手付きはとても美しかったですよ。」

素晴らしい感想をどうもありがとう。
けれど、肝心の本人がどこにいるのかわからなくては意味がない。
柳生とはそこでお別れして、俺は他の場所を探し始めた。

書道室
…柳が何かを書いていた。
大木の木陰
…仁王とブン太がお菓子を食べてた。
赤也の教室
…どんちゃん騒ぎ
図書室
…ジャッカルが辞典を借りていた。


いない!
何故、いない!
その代わりと言っては何だが、知った顔ぶればかりがちらついている!
でも、違う、違うんだよ!



俺が今一番会いたいのは…



その時、ふと目に止まったとある光景。
あの後ろ姿は間違いなく…でも何故?
何で君がまだそこにいるの?

見つけた瞬間、俺は廊下を先程と同じ勢いで逆走し始めた。
ぶつかりかけた先生の怒鳴り声が聴こえたけれど、気にしたら負けだ。
階段を二段飛ばしで蹴り上げて行き、字の通り風の如く二階の端から三階の端を走り去った。
目の前にそびえ立つ、最後の扉。


さしずめ、天国への扉か…


「……そんな所で何をしておるのだ、幸村よ…。」


…いや、普通の扉だったようです。

「…とりあえず、入れ。」

そう言って、真田は俺を家庭科室に入れさせた。



コトコトと揺れる赤いお鍋。部屋に漂う和風ダシの良い匂い。
そして―

サラサラの黒髪の上に重ねられた青い三角巾と制服の上にまとった割烹着。
その眉間の皺とは比べものにならないくらい可愛い出で立ち。


…やばい、これでは生殺しだ。


「……あの、真田?」

コンロのまわりを忙しなく動いている、真田は火を止めて俺の方を見た。

「何だ?」

「……何でこんな所にいて、何でそんなコトしてるの?」

珍しく至極真面目な問を掛けた俺に真田はこう答えた。

「幸村は魚が好きだろう?」

「え、うん。」

「だから…。」

コトリ、と目の前から音がする。
視線を投げれば、そこには先程女子達が噂をしていたとても美味しい魚の煮付け。
できたてホカホカ、そういえば昼飯食べてなかった。
一気にお腹が空いた。

「…。」

「今日、授業で習ったのだ。」

気付けばもう一つのお鍋から真田の好物だという、なめこの味噌汁をお椀によそってくれて、銀色のお釜からは真っ白いご飯。極めつけは、家からこっそり持って来たという胡瓜や茄子のぬか漬け。

何とも渋い。


そして、俺の大好きなメニュー。

「…真田…これ。」

「昼食だ。きっとまだ、食べていないのだろう?」

一応疑問形ではあるけれど、キッパリとしたもの言いから確信犯である事がわかる。

「でも…。」

「何故俺がここに来るのかわかったのか、とお前は言う。」

少々ご満悦な顔をして決まり文句を言う真田。
え?何それ、柳の真似?
可愛いな、おい。

…じゃなくて。

「…お前はもう覚えていないかもしれないが。」

コホン、と少し恥ずかしそうな咳払いが聞こえた。

「お前と出会って間もない頃、俺の家に遊びに来たのを覚えているか?」

ああ、よく覚えている。
会ったばかりでさ、まだ"真田くん"って呼んでた。

少し思いにふけってから、うん、と頷いた。

「あの日、昼食で出た白身魚の煮付けやこういった和食を、お前が美味しそうに食べていたのをふと思い出したのだ。」

「…それで、作ってくれたの?」



俺一人のために、わざわざ。


真田は照れくさそうに頷いた。


「…あー…もう…。」

立ち上がって机越しの真田に抱きつく。
人目が心配だったのか少し抵抗されたけど、程なく大人しくなった。

「ほんと…真田は昔からかわらないな…。」


いつも俺を喜ばせてくれる。


俺だけの為に料理をしてくれた事は勿論嬉しかったけれど、俺との思い出をずっと無くさずにいてくれたことが、何よりも嬉しくて。

「…真田。」

俺は料理で真田を喜ばすことはできないけど、君にだけに効くとっておきのプレゼントを。


「ありがとう。」



心を込めて、君に。








End
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