鬼灯の冷徹
□もう、春なんですね
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常春の世界、桃源郷。
地獄とは、
真逆の世界、
真逆の思考。
優しさと、暖かさで成り立つ。
そう、自分のような者とは、
真逆である―。
サクサクと芝生を踏み分け、手を伸ばし、桃仙をもぎ取る。
一口齧ると、甘さと力が湧く。とても美味しい。
そのままもう一つもぎ取り、木の根元へと腰掛ける。
擦り寄る従業員達を片手で相手しながら、片手では桃を持ち、齧る。
暖かな光と春の陽気に、うっかり寝てしまいそうだ…、などと、徹夜明けを微塵も感じさせない顔で微睡んでいるのは、地獄のナンバー2、鬼灯である。
桃仙2つをあっさりと平らげ、天国の心地よさに身を任せようかと思った時、聞きなれた声が聞こえてきた。
「だからね、桃仙は結構万能なんだよ〜?」
「へえー、そう言う事もできるんすね。万能薬?いや、万能果物…?」
「あはは、万能薬でいいと思うよ〜…って、ありゃ、鬼灯、どうしてこんなとこにいるの。入ってくれば良かったのに。」
「鬼灯さん!こんにちは。」
桃太郎に桃仙の薬効を講釈していたようで、何やら得意顔で話していたのは、白澤である。
鬼灯が桃仙畑で座り込んでいるのを不審に思ったらしい。
「…こんにちは、桃太郎さん。今日は別段仕事の用事でもないので、体力回復にと来てみました。」
「あ、桃仙食べたんすね。今ちょうど、教えてもらってました!」
「ちょっと教えるの遅かったかな、。てかそれより!体力回復って、お前はまた徹夜か?いい加減にしろよな!」
「いい加減にしてますよ。」
軽口の応酬を受け流しながら、うさぎだらけの状況をどうしようか悩んでいたが、桃太郎が察してくれたのか、一羽ずつ退かしてくれた。
「ありがとうございます、桃太郎さん。では、少しこの男をお借りしますね。」
「あっ、はい!…店だけは壊さないで下さいね!」
「僕は保証できn」
「大丈夫ですよ、では。」
籠を背負い、鎌を持って桃仙畑の奥へ消える桃太郎を見送り、2人は揃って店へと歩き出す。
道すがら、会話をする。
「冗談抜きに、心配してるんだけど?」
「すみませんね、しかしどうしても仕事が片付かなくてですね、致し方なく。」
「分かってるけどさ…。」
店に入り、白澤は扉を閉める。
鬼灯はくるりと振り返り、白澤を見た。
白澤もくるりと振り返り、鬼灯を見た。
どちらともなく、歩み寄り、抱きしめて、キスを交わす。
深く、息さえ苦しいような、そんなキス。
「んっ…ふ、はぁ…っん、」
「ふ…、ん…。」
「はぁっ、ほ、ずきっ」
「ふ、すみません、余裕がなくて。」
そういいながらも、白澤を抱えて寝室へ歩き出す。
「ねぇ、鬼灯…?」
「はい?」
「現世では、今春みたいだよ。」
「ああ、もう1年過ぎましたか。あっと言う間ですし、変化がないから判りませんね。」
「ふふ、そうかもねぇ。」
猫のように擦り寄る白澤をそっとベッドにおろし、軽いキスをする。
「ここは年中春ですから、貴方は年中サカっているのでしょうね。」
「鬼灯、それは違うよ。」
「え?」
軽く言っただけなのに、酷く真剣な顔をされる。
「僕は、鬼灯にしかサカらないよ?」
ああ、どうしていきなり、そう妖艶な笑顔をするのか。
それでは、
ますます―
―惹き込まれる―
ねえ、鬼灯
もっと、
もっと墜ちてよ。
そして僕の中で、
―溺れてよ。―
お題:「もう、春なんですね」
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