雑木林

□御倉奇譚
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長谷部は、いわゆる怪異を専門に取り扱う仕事をしていた。
この仕事をしている理由なんて特になくて、ただ単にこれしか無かった、と言った方が正しい。
長谷部は死にかけの所を拾ってもらった恩があり、その恩人へ恩を返そうとした結果が、仕事の手伝いや補助と言ったところだ。
運良く、死にかけた時から異常なものが見え始め、仕事に適している。
だからと言って別段この仕事が嫌なわけでもないので、こうして続けている。
今日は、ある蔵に居座り続ける怪異を収め、蔵を取り壊したいとの依頼だ。古い物はこうして消えていき、残るのは物や意思の残像である。それに怯えるなど、滑稽だろう…。
そんな事を思いながらも顔はにこやかに、長谷部は仕事を始めた。
話を聞くと、蔵を取り壊すに当たって中の物を整理することになったため、蔵へ入った。しかし、物を持ち出そうとすると不気味な音や現象が起きるため、何一つ持ち出せていないのだ、ということらしい。

一人、蔵へ入る。
長年放置された物たちは、埃をかぶって、外の明かりできらめいている。
階段を軋ませながら2階へ上がる。
なるほど、妙な音や声がした。

「出ていって…!出て行ってよ…!!頼まれていうんだから。守らなきゃいけないんだから!!」

頼まれた、とは妙な言い回しだ。力も強いようだし、もしやどこぞの神が縛られてでもいるのだろうか。
そう思いながら、飛んでくる紙屑や筆などを躱して進むと、2階には布団が敷いてあった。
そして、そこには

少年が、地縛されていた。

家人の言っていた言葉を思い出す。

『先代から聞いたことがあるんです、蔵の2階には人形の様な美しい少年が閉じ込められて居て、蔵を守る役目をしているのだ、と。でも、先代も、その先代も同じことを言っているようで…、姿形が同じなんて、おかしいでしょう?』

確かにそれは妖しのものだろう、と自分も頷き返したことを覚えている。

成程、その少年は、雪のような白い肌、炭のような黒髪、宝石か、ともすれば蜂蜜のような甘やかな輝きを持つ瞳…、まさに人形の様である。
しかしその躯が放つ淡い輝きが、人ではないことを示す。

「何をしに来た!!蔵のものは、渡さない!!」
「俺を、野党か何かと勘違いしているのか?」

ここにきて、初めて長谷部は声をかけた。
極めて落ち着いた姿勢で、あまり怒らせないように。

「…、ち、違うの…?この間は、別の人が来たし、その前も…、あの人は、いつまでたっても、来てくれないし…。」

どうやら少年は藏守として縛られているようだった。
首にかかっている縄は、役目が果たされない限り解けはしないのだろう。そして、役目が果たされなかった場合――、

「あ、」

ギチリ、と縄が締まっていく。ギチギチと音を立てて、ギリギリと少年の首を絞めていく。

「やはりか…!」
「ひうっ…かはっ…あ…」

即座に持っていた護身用のナイフで縄を切る。こういう時のために霊力や呪いをかけてあるから切れるはずだ。
床に繋がっている2本の縄を切るが、それでも縄は締まるのをやめなかった。直接、首の縄を切らねばならないが、喰い込んでいるとあってはなかなかに厳しい。

これが、少年を地縛した者の狙いなのだろう。
役目が済めば、消えてくれるように。後々、縛ったものに祟らないように。
後々のことも考えるのはよいが、このようなやり方を長谷部は好まなかった。

見えるのだから、苦しんでいるのは助けたい。

そういう男であった。

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