雑木林

□狼の子
1ページ/1ページ

長谷部の主な仕事が書類整理から現地調査へと変わったのは、つい先月のことである。
役所仕事なので、部署の変更はそうそうないと思っていたが、案外時期が早かった。
何でも、上が自分の仕事能力を買ってくれたらしいのだが、厄介ごとを押し付けられただけのような気もする。
何故か僻地へばかり飛ばされる独り身の己を省みて、どうやら最適だったようだ、と皮肉る。

さて、今までどんな凄腕でも解決出来なかった問題とは何なのか。

長谷部が飛ばされた部署は環境保護のような部署だった。住民や企業などからの電話に応じて、良い環境を作り上げるために問題を解決・対策する…、という仕事内容になっている。足が命である。
そんな部署の中で、長年の問題となっている事があるらしく、その解決へと向かった。

自分の教育係になった鶴丸国永先輩の話によると、「狼に育てられている少年」がいるのだとか。
そんな事、と言おうとしたが、長年問題視してきただけあり、目が本気だった。
普段ひょうひょうとしている人なだけに、これは本当なのだと確信できる。

西の果てにある、とある農村。その一帯は豊かな自然を残したままの農村地帯だ。青々とした緑と、少し行けば澄んだ海が見えることで、避暑地や観光地として名高い。
しかし、そんな穏やかに見える村には、狼による被害が多発していたのだ。
普段は人に近寄らず、温厚な彼らも冬が近くなると別人である。冬のために、あらゆる手段で餌をかき集める。
そんな中、住民の目に止まったのは、ここ数年の間目撃されている、「狼と行動を共にする少年」である。歳は10〜12で、まだ幼さが残る。
住民達は最初、狼に攫われているのかと思ったらしいが、よく見ると一緒になって餌をかき集めたり、時には餌を貰ったりしていることから、これは狼に育てられている、と分かったらしい。
今まで聞いたこともない事案に焦る長谷部だったが、とにかく行こう、と促され、国永先輩と共にその地へ向かった。

住民達は手厚く持て成してくれ、その話をたくさん聞かせてくれた。国永先輩の人好きする性格もあってか、好意的であるようだ。
着いた日はもう日暮れで、今から行動するのは危険なので、明日の昼から動く良いと教えてもらい、その日は宿で寝た。
翌朝は慣れない土地だからか、いつもより早く目覚めることとなった。国永先輩は昨夜呑んだらしく、赤く染まった白い肌を曝しながら、未だに眠りの中である。
朝ごはんの支度を手伝い、ねぼすけな国永先輩を起こすと、昼から調査をする計画を立てた。日暮れが早いので、さっさと行動することが求められた。

「オオカミ少年…、か。」

ポツリと呟く自分の言葉に実感はなく、空っぽだった。
なにせこのご時世だ。信じられなかった。

狼の巣穴はすぐに見つかった。
かなり大きなもので、奥も広いと考えられる。
住民によれば、昼は少年を残したまま狩りへ行くそうだった。その際、2〜3匹の護衛は付いているそうだが。

奥は暗く、借りてきたランプへ火をつける。夕方までに帰ることを目処に、歩を進めた。

足音を聞き取ったのか、唸り声が聞こえる。
警戒されているのだ。
自分も国永先輩も軽装だが、大丈夫だろうかと思う。特に国永先輩は上下とも白い服で、格好の標的になりそうだった。
しばらく行くと開けた場所に出て、その奥にちょこんと、若い狼と少年が座っていた。
狼の方が敵意を剥き出しにしているのを、少年は宥めていた。優しく、優しく撫でる。次第に狼が唸るのを止めるが、警戒解けないようだった。
それを見計らって、少年は口を開いた。

「あ、あの、こん、に、ちは、。あなた、たちは、何をしに…?」

言葉を話すのは予想外だった。おそらく、ある程度育った時点で攫われたのだろう。だから、たどたどしくはある。
ランプの灯りで煌めく、こちらをじっと見つめる瞳は、さながら獣のようだ。
狼のような敵意こそ持っていないようだが、怯えとも警戒とも取れる声音であった。
自分はというと、本当に人間か、と思われるほど美しい見目に、しばらくぼうっとしてしまっていた。
「俺たちは、君を保護しに来たんだ。」
国永先輩のことばにはっとなり、その先を継ぐ。
「ああ、人は人として生きるべきだ。さあ、おいで。」
ほんの少しの沈黙が訪れた後、少年は「…どうして…?」と首をかしげた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ