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□『小鳥』
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『小鳥』
生まれた街から離れて2年。
ドンキホーテ海賊団での暮らしにも慣れてきた。
未だ治療法の見つからないおれの病気は順調(?)に進行し、肌のあちこちが石片に覆われるように硬くなっている。
髪はかろうじて黒い色を保っているが、いずれそれも白く染まっていくだろう。
おれの人生に日々切られていく終わりへの切符。
しかし当人のおれ以上にこの病気を治そうと奔走する存在が、その迫り来る死の恐怖を遠いものにする。
(治るわけ、ないのに)
長袖の袖口からうっすら見える白化した肌。それをもう片方の手で押さえて人目から隠す。
ファミリーのみんなはドフラミンゴから説明されて理解してくれたけど、下っ端とか他の人間は今でもおれを気味悪がる。
…そんな奴らに好かれたいとも思わないけどな。
「ロー、時間だ」
「…コラさん」
自分の部屋の前で待ち構えていたのはコラさん。
軽々とその黒いファーコートに包まれるように抱き上げられたおれが潜ったのは船長室、つまりはドフラミンゴの部屋のドアだ。
部屋は二間続きで、1つ目の部屋には大きなソファーセットとデスク、そして壁の一面には天井まで様々な本が埋め尽くす本棚が置かれている。
そこを素通りしてもう1つの扉を開けると、キングサイズのベッドだけがある寝室。
その端に座っていた男がおれとコラさんを見止めて特徴的なサングラスを押し上げた。
「コラソン」
「ああ」
特にこれといった指示もないままコラさんの手はおれのシャツのボタンを外し、あっという間に下着まで脱がされる。
「コラさん…っ」
「どうした? 寒いか?」
「そうじゃない、けど」
3日とあけずに行われることだけに今更恥ずかしいとは言い出せず、おれはベッドの上で申し訳程度に身を捩る。
けれどそれもドフラミンゴがおれに触れるまでのこと。
ドフラミンゴはおれの左腕を取ると内側から外側へとサングラスの奥の視線を滑らせる。
そして時々硬くなった肌を押したり爪先で引っ掻いたりしながら、病気の進行具合を手元のカルテに書き込んでいく。
「…背中は左肩と右の脇腹の進行が早いな」
「そうか。ロー、痛みは?」
「んん…正直わかんない。最初よりは痛くないけど、慣れただけかもしれない」
背中側に座るコラさんが声を曇らせた。
肌の境目を撫でる手でおれにも進行の度合いがわかった。
ドフラミンゴに答えたとおり、常に感じる痛みには慣れてしまったのか、たまに息が詰まる程度にしか感じない。
痛みがないのは単純に嬉しい。
だがやはり病気は確実に侵食している。
この確認作業を繰り返すたび、そう実感してしまう。
いつまで壊せるか。
いつまで動けるか。
いつ、この目は開かなくなってしまうのか。
夜眠るとき、次の朝にはもう目覚められないのじゃないかと恐くなる。
朝は朝で一秒でも長く1日を感じたくて誰より早く起きる。
元々眠りの浅いタチだった所にそんな毎日を繰り返し、おれの目の下にはどんどん深い隈が刻まれていった。
コラさんはそれを気にかけてくれるけど、どうしようもない。
おれは死ぬその日までこの生活を続けるのだろう。
漠然とながら、安らぐことのない自分の未来を思い浮かべて鼻の奥がツンと痛んだ。
「大丈夫だ、必ず治してやる」
「……ドフラミンゴ…?」
「おれが治すと言ったら治る。海賊なら船長の言葉を疑うな」
なんて自分勝手で横暴な物言いだろう。
でもその言葉に救われている自分も確かに居て。
「ロー、恐いだろうけどおれたちを信じてくれ。絶対助けるから」
コラさんの手があやすようにゆっくり頭を撫でて、耳の上に柔らかい唇が押しあてられる。
おれは滲む視界を目蓋で隠して何度も大きく頷いた。
…死ぬこと自体は恐くない。
向こうには父様も母様もラミも居るから。
恐いのは、あの日全部亡くしたおれに新しく全部をくれた人たちと離れてしまう事。
このまま何も返せず、何も遺せず、死ぬのだけは嫌だった。
「ふ、ぇ…っ、コラさん…ドフラミンゴ…っ!」
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