コラさんとねこのロー シリーズ

□コラさんとねこのローのいっしょにおかたづけ
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「ひとつ、言っていいか?」
「ひとつでも、ふたつでも、いくらでもどうぞ」
 申し訳なさそうに口を開いたロシーが、大量の洗濯物を畳んでいた手を止めて、何とも形容し難い顔でおれを見た。
「さっき、衣替えのことは教えてもらったから解る。今は暑いから、夏ってやつなんだろ?」
 そう、ロシーの言う通りに、今の季節はクソ暑い夏で、外でも煩いくらいにセミが鳴いている。
 トレーナーとセーターを丁寧に畳んで、ロシーの言葉を肯定するように頷くおれに、ロシーの表情が呆れたものに変わった。
「だったら何で今、夏に着る服をいっぱい出して、冬に着る服をしまっているんだっ!?」
 衣装ケースから夏服を出したのは、ついさっきのことだ。
 そして今は、洗濯やクリーニングを終えた服を大量に畳んでいる訳で。
「うんうん。それはとても素晴らしい質問だね、ロシー君。いいか、我々は忙しかった。だから今じゃなきゃ、衣替えが出来なかった。それが答えだよ」
 なーんて気取った答え方をしていると、隣から聞こえるのは大きなため息。
「忙しかったのは、コラソンだけだろ? おれ、洗濯は出来るから、教えてくれたら衣替えってやつも出来んのに」
 ぽつりと呟かれた、ほんの少し寂しそうな声に、おれは堪らずにロシーをぎゅーって抱きしめてやる。
「うぎゃっ! 何するっ!! 離せ、バカッ!!」
「お前っ、ほんっとーに良い子だよなーっ! もう、誰かさんとは違いすぎて、余計に泣ける…」
 じたばたもがくロシーを抱きしめたまま、おれは空になった衣装ケースの中に入って、まったりと寛いでいるローを見た。
 夏服を大量にしまい込んでいた衣装ケースが、空になると同時に大喜びして入り込んだローは、ロシーを抱きしめているおれたちを見て、慌てた様子で衣装ケースから出ようとしている。
「あーっ、ずるいっ! おれもっ、おれもぎゅーってし…ふぎゃん…ッ!?」
「おバカにゃんこめ…」
 慌てて衣装ケースから出ようとしたローが、衣装ケースごと派手にひっくり返って顔面を強打した。
 イテテと言いながら顔を押さえて、ローはおれたちに向かって歩いてくる。
 おれはローを少し苛めてやる為に、ロシーを更にきつく抱きしめてローが腕の隙間に入れないようにしてやった。
「ちょっ!? おい、コラソンっ!!」
 ロシーはロシーで戸惑っている。
 こいつ、ローをからかう為に自分から抱きつくのは平気なくせに、おれから抱きつかれるのは苦手というか、恥ずかしがるだよな。
 おれもおれで、おれにそっくりすぎるロシーを抱きしめるってのも、微妙な気分になるんだが。
「うわああぁぁんっ! おれもーっ! コラさんっ、おれもギューッ!! ロシーだけズルいーっ!!!」
 泣きそうになりながら、おれにしがみついてきたローの鼻と頬は、顔面を強打した所為で赤くなっている。
「いいんですーっ。ロシーはおれのお手伝いをしてくれるから、これはご褒美なんですー」
 などとローに言ってやれば、ぐずっと鼻を鳴らしたローがまだ畳んでいない洗濯物を手に取って、急いで畳みはじめた。
 まあ、当然のことながら、その洗濯物は上手く畳めていない。
「可愛い…」
 ロシーが小さな声でそう洩らして、おれの腕の中から抜けだす。
「ううぅー…。コラさんも、ぎゅーってしてくれ…」
 畳んだ洗濯物は二枚だけだったけれど、ロシーに抱きしめられながらおれを見るローに、おれはクスッと笑ってローを抱きしめてやった。



 夏といえば、心霊体験ものなどの怖い特集を組んだ番組が多く放送されているものだ。
怖いものは嫌いだが、怖い番組が好きなおれは、気配を察して逃げようとしたローを膝に乗せて抱きしめる。
「怖いテレビ怖いーっ! おれ、見るの怖いっ! コラさん、一人で見て」
「そんな怖いこと言うなよ、ロー。一緒に見たらまだ怖くねェだろ? ぎゅってしててやるから、一緒に見ようぜ」
「ふにゃあぁぁ…」
 おれに抱きしめられて逃げられないローの猫耳が、ぺしょりと垂れてしまった。
 ローの頭に顎を乗せて、次から次に起こる心霊現象にビクつくおれと、両手で目を覆って尻尾をぶわりと膨らませるロー。
 そんなに怖いなら見なきゃいいじゃんってロシーは言うが、怖いもの見たさという言葉があるんだよ、解ってくれ。
「此処です。この場所で幽霊が頻繁に目撃されているんですよ。それではまず先に、番組に送られてきた動画をご覧ください」
 司会者が告げて、画像の荒い映像が流れる。
この古びた廃墟は以前…
 思うんだけどよ、何で毎回このナレーターは怖さを煽るような話し方をするんだろう。
 もっとも、明るく話されても雰囲気が台無しになっちまう訳だが、ローなんかこのナレーターの声が怖いと言って、耳と猫耳を押さえている始末だ。
 耳がよっつもあるから大変だなと思いながら、どうせなら一緒に怖い思いを共有したくて、おれはローの手を握って腹の辺りで抱きしめてやる。
「うわあぁん、怖いーっ…」
 スマン、ロー!
 ぶっちゃけて言うが、自分以上に怖がってくれる仲間がいると、おれの恐怖も薄れるんだ。
 何度も心霊番組を見ていると、ああ、そろそろ出てくるんだろうってタイミングが解る。
「あの廊下の向こう、めちゃくちゃ怪しい…。そこまで進んだら、いきなり画面にアップで映るんだろっ!?」
 廊下を進んでいく映像をぶつぶつ言いながら見て、おれは次にやってくるであろう衝撃に備えてローをぎゅって抱きしめる。
 ゆっくりと進んだ廊下の突き当りを、映像が右に変わった刹那。
「シャーーーッ!!」
「きゃーーーっ!!!」
「ギャーーーッ!!!」
 背後で大声を出したロシーに、ローとおれが大声で叫んで床に転がる。
「クククッ、そんなに怖いのかよ。テレビに出てくるお化けより、コラソンの背中について奴の方が怖い顔してるぞ」
 床に転がりながら抱き合うおれとローに言ってきたロシーの言葉を理解した瞬間、全身の毛穴が開いたのが解る。
「なっ、なにそれっ!? なにそれ、怖いこと言うなって!」
「やだ、コラさんッ! コラさんの背中のお化け怖いっ、離してーっ!!!」
 猫とか他の動物って、実は見えてるっていうんだよな。
 ロシーがそう言うなら、おれが知らなかっただけで実はずっと背中に何者かがいた訳で、恐怖のあまりに怖がって泣き叫ぶローを力強く抱きしめて、ブルブルと震えた。
「ま、嘘だけどな」
 ニヤリと笑いながら牛乳を飲んでいるロシーに、一瞬だけ殺意が湧いた瞬間。
 番組も終わりが近づいて、エンディングが流れはじめるっと、漸く肩の力も抜けてホッと安堵の息が洩れる。
「もう怖いテレビ見たくない」
「来週違うのやるから、一緒に見ような」
「やーっ!!」
 蜂蜜ミルクを作ってローとロシーに渡すと、外から雨の音が聞こえてきた。
 徐々に酷くなってくる雨足に、心霊番組から天気予報に変わっていた映像は、明け方までの荒れ模様と、明日からの天気を伝えている。
 ゴロゴロと鳴りはじめた雷は、どれだけの速度で近づいてきたんだよとツッコミを入れたいくらいに、いきなり大音量での音と眩しい光で雷が鳴ると、部屋の電気が一気に消えて真っ暗になった。
「うお…っと、ロー…か?」
 しがみついてきたローの頭を、大丈夫だというように頭を撫でてやる。
「わー、真っ暗。コラさん、ロシー、何処だ?」
 少し遠い位置からローの声が聞こえたことに疑問を感じていると、電気が復活して部屋に明かりとテレビの音が戻った。
「ロシーだったのかよ。おい、大丈夫か?」
 おれにしがみついていたのはローではなくロシーだったことに驚いたが、そのロシーが尻尾を大きく膨らませて目を見開いているからビックリする。
 飲んでいたコップをテーブルに置いておれの隣にやって来たローは、怯えた様子のロシーをきょとんとした表情で見て、恐る恐る頭を撫でていた。
「もしかして、雷が怖い?」
 ゴロゴロ鳴る度にビクッとしているのだから、ロシーの答えは聞かなくても解る。
「明後日からは涼しくなるらしく、秋を感じる方もいらっしゃるでしょう。そろそろ衣替えの準備をするのもいいかもしれませんね。では、また明日のこの時間に」
 お天気キャスターのお姉さんが、にこやかに秋の訪れを告げて画面が切り替わった。
 昼間に衣替えをしたばかりだというのに、また衣替えをしなくてはいけない。
 おれにしがみつきながら、ジトッとした目で見てくるロシーに苦笑を浮かべて、ローにロシーを抱きつかせる。
「さてと、明日から忙しくなるし。時間がある今のうちに衣替えやっちまおうぜ!」
 去りつつある雷の音は静かになったが、雨足は厳しいままだ。
 確かにこの調子だと、明日からの朝晩は涼しいのかもしれない。
 衣装ケースの中から秋物と冬物を出しはじめたおれに、ローは喜んで衣装ケースの中に入り込み、ロシーは呆れた様子で二度目の衣替えを手伝いはじめた。
 秋の訪れはもう少し。
 紅葉がはじまったら、みんなでお弁当を持って出かけようと思う。







END

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