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空に月が満ちた頃、殺生丸達は湖のほとりを歩いていた。そこはフクロウが鳴いている何やら怪しい湖だ。名前はびくびくしながら殺生丸の後ろをついて行く。そんな中、邪見が1人で喋り始めた。



「私も存じ上げませんでした。その刀も父君の形見とは…一体どのような妖力を持っているので?」
「…知りたいのか、邪見」



殺生丸はぴたりと足を止める。後ろを歩いていた名前もそれに伴い足を止めて殺生丸を見上げた。殺生丸は静かに腰の天生牙に手をかけると、そのまま邪見の体を斬った。名前もその光景に驚いて目を見開く。



「殺生丸様ぁっ…!!」



邪見がばたりと倒れる。



『じゃ…邪見…?』



名前は邪見の横に膝を付き、その倒れた者を心配そうに覗き込む。まさかそんな事、殺生丸がするはずないと思いながら。名前はそう信じたかったのだ。



「…何をしておる、起きろ」



殺生丸の低い声が響いた。その口元にはどこか笑みが滲んでいる。名前はそんな殺生丸を見上げた後、再び邪見に視線を移した。すると邪見はぴょんっと飛び起きる。



「えっ!?斬れてない!!」
『よかったね、邪見』



いつものようにふわりと笑う名前に邪見はこくこくと勢いよく頷く。



「でも何故!?確かに今ズバーっと斬られたのに…」
「分かったか。この天生牙は殺せぬ刀なのだ」



殺生丸は天生牙を忌々しげに見ながらそう言って鞘に納めた。



『殺せぬ刀…?』



その時、突然湖の水が盛り上がりそこから龍の妖怪が現れた。



「わーっ!!出たーっ!!」
「…下がっていろ」



邪見が叫んでいる中、名前は言われたとおり殺生丸の後ろに下がる。そうして一瞬の内に殺生丸は龍を倒してしまった。殺生丸は龍の腕を拾い上げる。自身の左腕にするのだろうか、と名前は考えた。



「土産も手に入った。会いに行くか…鉄砕牙に」



それはつまり犬夜叉の元へ行くという事。名前は先程の頭痛を思い出し少し気分が沈んだまま小さく息を吐いた。そんな名前を殺生丸はじっと見据える。



「…名前、阿吽と共に待っていろ」



名前は顔を上げて殺生丸を見た。もしかしたら殺生丸も先程の名前の様子を少しは気にしているのかもしれない。名前は嬉しそうにふわりと笑って、はいと返事をした。



















翌日、殺生丸は1人で犬夜叉達の元へと向かった。名前は初めはおとなしく待っていたものの、何故か嫌な予感がして阿吽に乗って空を飛んでいた。



『殺生丸様…どこだろう』



すると阿吽が小さく鳴いて、名前が下を見下ろすと殺生丸と犬夜叉が戦っているのが見えた。名前がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、犬夜叉が放った攻撃が凄まじい光を帯びて殺生丸を飲み込んだ。



『殺生丸様っ…!!』



天生牙に守られる直前、名前の声が聞こえた気がして殺生丸はハッとする。だがその後すぐ、殺生丸の姿は消えてしまった。



『そんな…っ』



名前は手綱を握る手に力を込めた。殺生丸がこれくらいの事で死ぬ訳がない。いや実際死んでなどいない。確かに殺生丸が生きているという思いが名前にはあった。そのまま名前は阿吽を飛ばして森へと入って行く。















一方殺生丸は天生牙に守られ、森へと辿り着いていた。木の根元に傷ついた体を預け体力を回復している。



(声が…聞こえた)



あれは名前の声だった。自分の名を呼んでいた。あの場に名前がいたのか。殺生丸は目を閉じて静かに考えていた。



夜になると小さな娘が殺生丸の元へやって来た。水の入った筒やキノコや魚やらを殺生丸の傍に置いている。少女なりに傷ついた殺生丸を心配しているのだろう。



「…余計な事をするな。人間の食い物は口に合わん」



娘は少し眉を下げ、悲しそうに殺生丸を振り返ったあとその場を去った。殺生丸は小さく息をついて木々の隙間から月を見上げる。すると微かに名前の声が届いた。



【殺生丸様っ…どこ?】



【会いたい一・・・】



殺生丸は悲しみの滲むその声を聞きながら目を閉じた。



(…泣いているのか)











翌日、あの娘が殺生丸の元へ来た。昨日と同じように殺生丸に捧げる食べ物を持ってきたようだ。殺生丸は一言いらぬ、と告げるが娘は殺生丸へとそれを差し出す。



「何もいらぬと言っておろう」



娘はしょんぼりと肩を落とす。その顔は誰かに殴られたように腫れている。



「…顔の傷はどうした」
「!」



殺生丸の問いに娘は驚いたように顔を上げる。殺生丸は自分への興味など微塵もないと思っていたのだろう。



「言いたくなければ別に良い」



殺生丸のその言葉に娘はとても嬉しそうに笑った。だが殺生丸にはその理由が分からなかった。



「何が嬉しい。様子を聞いただけだ」



それでも娘は笑っていた。殺生丸はその笑顔を見てある人物を思い浮かべる。



(…まだ、泣いているのか)
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